義理と人情どこへ? 自民生みの親・大野伴睦さん回想録と昭和政治

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毎日新聞 2026/8/20 13:00(最終更新 8/20 13:00) 有料記事 3010文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷大野伴睦さん=吉村正治撮影 誰が供えたのか、真新しい白い花がまぶしい。 東京は大田、セミ時雨の池上本門寺。大野伴睦(ばんぼく)さんはここで静かに眠っている。 そばには大きな虎の石像が。寅(とら)年の生まれで、虎の美術品を収集していたらしい。「だますより、だまされた方がいい」 「党人派」と呼ばれ、「義理と人情とやせがまん」を旨とした大衆政治家は、自民党を生み出した立役者として政治史に名を残す。 「ばんぼく」と読みがなを振ったが、これは心酔する原敬元首相の助言で名乗った通り名。本名は「ともちか」だ。 その波瀾(はらん)万丈の政治家人生をつづったのが「大野伴睦回想録」だ。 番記者として大野さんに深くくい込んだ渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆らが代筆したとされる。「オーラルヒストリー(口述記録)」ともいえよう。 <しょせん政治は人間を相手にしたものだから「人」の問題がつねに中心となるのは当り前といってよい。評論家の中には、これを「後向きの政治」とかいって非難するが、彼らの言う「政策第一」も、人あっての政策なので、政治から人の問題を取り除こうというのは無理である>(仮名遣いなど原文通り、以下同) こんな政治理念は表明するものの、回想録にありがちな手柄話の詰め合わせではない。 包み隠さぬ失敗談や道楽ぶりは抱腹絶倒請け合い。政界の舞台裏にもどんどん分け入っていく。 「昭和政権暗闘史シリーズ」として「岸信介VS大野伴睦」をものしたノンフィクション作家の大下英治さん(82)は書面取材に応じ、大野さんの回想録について「当時の保守政界の裏側を知れ、政治史を考える上で、一級品の資料といえるでしょう」と評した。 1964年に73歳で亡くなった大野さんの在りし日をよく知る人はそう多くない。大下さんも接点がなく、渡辺さんらへの取材を重ねた。 渡辺さんは中曽根康弘元首相との蜜月ぶりが有名だったが、「中曽根は打算もあり、身も心も任せる、とはいかない。でも、大野は…この記事は有料記事です。残り2189文字(全文3010文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>