毎日新聞 2026/8/17 15:15(最終更新 8/17 15:15) 有料記事 1704文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷眉山山頂にあるパゴダ=徳島市で2026年6月17日午後0時38分、狩野樹理撮影 「万葉集」に詠まれた徳島市の眉山(びざん)(標高約290メートル)。山麓からのロープウエーを降り、山頂へ向かうと純白の円すい形の建物が見えてくる。ビルマ(現ミャンマー)の仏塔、パゴダだ。 1953年にビルマ戦線の帰還兵らが徳島県ビルマ会を結成。戦没者の冥福と恒久平和を願う象徴として、同会が58年5月、徳島市のシンボルとして親しまれている眉山の山頂にパゴダを建立した。パゴダの形はヤンゴンにある「シュエダゴン・パゴダ」を参考にしたという。 ビルマの仏塔、パゴダは、過酷な戦場から生きて戻ってきた兵士たちにとって、どのような意味を持っていたのしょうか。生還者や遺族らに話を聞いた全5回連載の3回目です。 中に収める仏舎利(釈迦の遺骨)の入手には、徳島県出身の元首相、故三木武夫氏が関係している。記録集「パゴダに祈る」にはその経緯が掲載されている。56年にビルマで面会したウ・ヌー首相(当時)に、徳島でパゴダを建立することを説明した際に仏舎利を譲り受ける約束も取り付けたとしている。 眉山山麓にある善福寺の名誉住職の木村正知さん(73)は「眉山は徳島の人にとって心のよりどころ」とした上で、「ビルマからの帰還者にとっては心の中にパゴダが残っていたのではないか」と建立に携わった人たちに思いをはせる。苦しい時代をくぐり抜け 徳島の動きは他の四国3県へと広がっていったようだ。70年には四国霊場75番札所の総本山善通寺(香川県善通寺市)の境内▽79年には同51…この記事は有料記事です。残り1077文字(全文1704文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>