「ほっとした…」 終戦直後に聞き取り 市民の「生の声」発見

Wait 5 sec.

毎日新聞 2026/8/18 08:15(最終更新 8/18 08:15) 有料記事 1244文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷展示された米戦略爆撃調査団報告書の和訳について解説する市文化都市推進課の大塚雅之さん=宇都宮市で2026年7月10日午後2時12分、白川徹撮影 「ほっとした」「なぜもっと早く戦争をやめられなかったのか」――。第二次世界大戦の終戦後間もない1945年11~12月、米国政府・軍が宇都宮市民から当時の心情などを聞き取った記録が発見され、このほど初めて公開された。終戦直後の市民の生の声を記した貴重な資料として、宇都宮城址公園清明館(宇都宮市本丸町)で開かれている「うつのみやの戦災展」で一部が展示されている。31日まで。【白川徹】爆撃の効果を検証、米側が調査 資料は、県立高校の元教員で戦争の記録を研究していた故米山和也さん(2022年に87歳で死去)が生前、国立国会図書館に保存されていた記録を翻訳したもので、25年度に遺族が市に寄贈した。 展示を手がけた市文化都市推進課の大塚雅之さんによると、調査したのは、米軍の爆撃の効果を検証していた「米戦略爆撃調査団」。爆撃が人々の意識や生活にどのような影響をもたらしたかを測るため、戦後間もなく国内31都市で同様の調査が実施された。同市では職業など無作為に選ばれた10~60代の男女61人が対象になった。「軍都」と呼ばれ 同市の戦災記録保存事業報告書によると、宇都宮には陸軍第14師団があり、多くの軍需工場が存在したことから「軍都」と呼ばれていた。戦争末期の1945年7月12日には米軍の大規模な空襲を受け620人以上が死亡。現在のJR宇都宮駅から東武宇都宮駅の間はほぼ壊滅状態になった。国家の勝敗よりも… 資料によると、戦時中の心配ごとについて尋ねた項目では「爆撃で私がけがか死ぬかして、子どもに母親がいなくなってしまうこと(30代女性、主婦)」や「空襲で…この記事は有料記事です。残り565文字(全文1244文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>