インタビュー 棚部秀行毎日新聞 2026/8/16 07:00(最終更新 8/16 07:00) 有料記事 3287文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷『大河の一滴 最終章』を刊行し、インタビューに答える作家の五木寛之さん=東京都港区で2026年7月16日、中川祐一撮影 人間は大河を形作るちっぽけな「一滴」に過ぎない。流れに身を預けることで、生きる覚悟が生まれる――。 作家の五木寛之さん(93)がこんな人間論を著し、大ベストセラーになった『大河の一滴』。およそ30年ぶりに続編の「最終章」を刊行した。 ここで提案するのは、時に「流れに逆らう」という考え方だ。 五木さんは幼少から植民地下の朝鮮半島で過ごし、12歳の時に平壌で敗戦を迎えた。小説や作詞、エッセーなど幅広い創作活動の根底には、過酷な引き揚げ体験がある。 同書ではまたステージ2の中咽頭(いんとう)がんと診断され、放射線治療で快癒したことも明かしている。 死生観について、今なお戦火が絶えない世界について、戦後81年の夏、五木さんは何を思うのか。 <主な内容> ・生きられなかった誰かのために ・権力者の人間性が世界を左右する時代 ・90歳を過ぎるのも悪くない「被害」も「加害」も体験 ――戦後81年を迎えました。戦争を経験した五木さんが今、感じていることを教えてください。 ◆体験談を語る時、いつしか言葉に説明が必要な時代になりました。例えば「引揚者(ひきあげしゃ)」と「帰国者」の違いもちゃんと説明しなければ伝わりません。 経験してきたことを繰り返し話し、「またか」とパターン化するのが嫌になるのは戦争体験者に共通する悩みです。でも、やはり伝えるために語らなければならないという気持ちがあります。(6月に91歳で死去した)美輪明宏さんも故郷・長崎のことを最後まで話していましたね。 記録が本に残っている場合もありますが、そういう本も入手しづらくなっています。 僕のような外地からの引き揚げ者にとって、戦争の体験は被害体験でもあり、同時に過去の加害体験を背負っています。ですから、一方的につらい思いをしたと共感を得るわけにはいかないのです。 どこかに近代日本が犯したものを背負って、贖罪(しょくざい)ではないけれど、当然の報いを受けているんじゃないかという気持ちもあります。一方的に大声でこんなことがあった、と話せないところがありますね。 ――それでも戦争体験を話すのは義務感のような気持ちからなのでしょうか。 ◆伝えなければ外地から生きて帰ってこられなかった人たちに申し訳ないと思う。犬死ににさせたくないという気持ちがあります。 引き揚げはそんなに簡単なことではないです。…この記事は有料記事です。残り2302文字(全文3287文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>