「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ 2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ 自由な自己表現を追求するジャズには、「抵抗の文化」としての側面がある。ジャズの黄金期といわれる1950年代から60年代、その音楽に重要な役割が与えられていたことをご存じだろうか。 第二次世界大戦後、東西イデオロギーが激しく対立した冷戦時代。アイゼンハワー政権下の米国務省は、ルイ・アームストロング、ニーナ・シモン、デューク・エリントンら、名だたるジャズミュージシャンを「ジャズ大使」として世界各地に派遣した。Advertisement アジア、アフリカ、南米、そして共産圏へ。彼らは圧倒的な演奏で観客を熱狂させ、「自由の国アメリカ」を世界に印象づけていった。 しかし、その華やかなステージの裏側には、血に塗られた欺瞞(ぎまん)と陰謀が隠されていた。残酷な歴史とグルーブする音楽 ベルギーの映像作家、ヨハン・グリモンプレ監督のドキュメンタリー「叛逆のサウンドトラック」は、アフリカの独立運動を軸に、ジャズ大使たちの苦悶(くもん)、東西冷戦のゆがんだ構造、そして西側諸国が仕掛けた非情な政治的陰謀を、驚くほど鮮烈な手法で描き出す。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ 2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ スクリーンを埋め尽くすのは、当時の生々しいニュース映像や国連の記録、ソ連のニキータ・フルシチョフによる国連総会での猛烈な熱弁、キューバのフィデル・カストロや黒人解放運動の指導者マルコムXの鋭い演説、そして次々と開示される米中央情報局(CIA)の最高機密文書だ。 これらが目まぐるしいテンポで展開する映像の合間に、マックス・ローチ、アビー・リンカーン、ディジー・ガレスピー、エリック・ドルフィ、ジョン・コルトレーンら偉大なるブラック・ジャズ・アンバサダーたちのポリリズムに満ちたモダンジャズや、アフリカの軽快なマンボミュージックが、まるで残酷な歴史の対位法であるかのように重なり合っていく。映像の圧倒的なスピード感とグルーブは、観客に息をつく暇も与えない。独立、そして「アフリカ合衆国」の理想 舞台となるのは、60年に独立を果たしたベルギー領コンゴだ。 60年は「アフリカの年」と呼ばれる。19世紀、ヨーロッパ列強によるアフリカ分割が進み、広大な大地は植民地として支配された。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ しかし第二次世界大戦後、独立運動が一気に高まり、60年にはコンゴ、トーゴ、マダガスカル、ソマリア、ニジェール、ブルキナファソ、マリ、セネガルなど17カ国が独立を果たした。 そのなかでもコンゴの独立は、世界の大国にとって特別な意味を持っていた。コンゴにはウラン、金、銀、銅、コバルトなど、豊富な地下資源が眠っている。第二次世界大戦中には、コンゴ産のウランがアメリカに供給され、原爆開発にも利用された。戦争のたびに、その大地から資源が掘り出されていったのである。 そこに立ち上がったのが、若き指導者パトリス・ルムンバだった。「独立」を求めれば弾圧され、殺される時代に、ルムンバはコンゴの独立を訴え続けた。 そして60年6月30日、ついにコンゴは独立を宣言。初の総選挙を経て、ルムンバは首相に就任する。 知的な風貌と勇敢な精神を併せ持つ彼は、大陸規模の共同防衛組織を有する「アフリカ合衆国」の創立という壮大な理想の持ち主でもあった。CIAへの首相暗殺命令 だが、旧宗主国ベルギーは、独立したからといってコンゴの資源を手放すつもりはなかった。豊富な鉱物資源を持つカタンガ州の分離独立を仕向け、軍隊を派遣。コンゴはたちまち内乱状態へと引きずり込まれていく。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ この時、ルムンバ首相は「コンゴの富は自分たちで運営する。アフリカは立ち上がる」と宣言。国連に平和維持軍の派遣を要請すると、史上最大規模の国連軍がコンゴに送り込まれた。 しかし、歴史の歯車は最悪の方向へと回転する。ベルギーはアメリカ側へ資源獲得権利の維持を持ちかけると、ホワイトハウスは即座に同意。国連総会の壇上でアメリカ大統領アイゼンハワーが「他国への干渉は紛争の火種を生む」ときれい事を述べながらも、ソ連寄りの姿勢を見せるルムンバ政権を警戒し、CIAにルムンバの暗殺命令を下したのである。「自由」「平和」と「資源」「覇権」 映画が突きつけるのは、この二重構造だ。表では「自由」「平和」「民主主義」が語られる。その裏では資源と覇権をめぐる熾烈(しれつ)な駆け引きが繰り広げられていたのだ。 CIAはコンゴの大統領と国軍参謀総長に巨額の報酬をつかませて西側へ抱き込み、同年9月にクーデターを勃発させた。正義を守るはずの国連軍はこの暴挙を黙認。結果、コンゴ全土は反政府軍と国連軍の管理下に置かれることになった。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ 2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ その頃、国連総会ではフルシチョフが「彼は共産主義者ではない、愛国主義者だ」とルムンバを擁護し、植民地主義の終結を激しく訴えていた。 60年12月には、すべての人民の自己決定権を認め、植民地主義の終結を求める「植民地独立付与宣言」が国連で採択された。 しかし、その宣言が採択された翌月、独立を求めたルムンバは暗殺された。享年36歳だった。二極化した世界をヒップに描く 本作全編に描かれているのは、「支配者層に渦巻く欲望」と「被支配者層の叫び」という、二極化した世界の縮図だ。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ 2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ しかも、この映画は人種差別や植民地主義という深刻なテーマを扱いながらも、決して重苦しくはない。軽快なジャズやしっとりしたバラード、明るいアフリカのマンボミュージックが流れ、ときにはユーモラスなアニメーションまで差し込まれる。実にヒップなのだ。 映像はニュース、演説、証言、機密文書、音楽を縦横無尽につなぎながら、歴史の表側と裏側を同時に見せていく。CIAの関係者による冷淡な証言、ルムンバとともに独立のために闘った女性たちの肉声、ジャズミュージシャンたちのインタビュー。次々と明かされる事実に圧倒される。 本作では、コンゴ議会に西側のスパイが送り込まれていたことや、ルムンバ政権を制圧するために集められた傭兵(ようへい)たちの背後にベルギーや北大西洋条約機構(NATO)の存在があったこと、果てはニューヨーク近代美術館(MoMA)の当時の館長が実はCIAと密接につながり、資源地帯カタンガ州と利害関係を結んでいたことまでをも容赦なく暴き出すのだ。「プロパガンダ」から「叛逆」へ 映画は、「行くわ!」「私も!」「8時半に国連へ!」という女性たちの連帯のコールで幕を開ける。61年2月、ルムンバ暗殺の凶報を受け、歌手アビー・リンカーンや作家マヤ・アンジェロなど60人の黒人女性や活動家たちが国連へとなだれ込んだ。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ 2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ 混乱する議場に「人殺し!」「差別主義者!」「奴隷使い!」という彼らの命がけの絶叫が響き渡る。映画は、アビー・リンカーンの壮絶なシャウトと、激化する追悼デモの熱狂のなかで幕を閉じる。 それは、国家の「プロパガンダ」として利用されかけたジャズの旋律が、真に権力へ牙をむいた「叛逆(はんぎゃく)」の瞬間だった。 この映画を見て、コンゴという国が20世紀の戦争と世界の欲望のただ中に置かれてきたことを思い知らされた。第一次世界大戦ではゴム、第二次世界大戦ではウラン、ベトナム戦争では銅、そして現代ではレアメタル。時代が変わっても、大国はコンゴの大地に眠る資源を求め続けているのだ。 コンゴの資源略奪の構造は、決して過去の遺物ではない。今この瞬間も、私たちの便利な生活の裏側で、形を変えた「新植民地主義」による搾取が続いている。そうした現実にまで目を向けさせるのが、この映画の力なのだと思う。いまなお世界のどこかで 20世紀、多くのアフリカやアジアの国々が独立を果たした。しかし今もアフリカ諸国には資源をめぐる争いがあり、アジアに目を転じれば、自分たちの言語や文化、歴史を奪われ、自由を求めることさえ許されない人々がいる。「叛逆のサウンドトラック」Ⓒ2024 ONOMATOPEE FILMS BV, WARBOYS FILMS S.A.S., ZAP-O-MATIK, BALDR FILM, RTBF, VRT, JOHAN GRIMONPREZ チベット、ウイグル、内モンゴルの人々の苦悶を思うとき、ルムンバが求めた「自らの未来を自らの手で決める」という願いは、決して過去のアフリカだけの物語ではないことが分かる。祖国の独立を夢み、その命を奪われたルムンバ。その無念の思いが、いまなお世界のどこかで自由を求める人々の声と重なって聞こえてくるのだ。アフリカは独自の歴史を書くだろう ルムンバは獄中で妻と子に次のような遺書を残した。 「コンゴの未来は美しい。私たちは息子たちに、ひとりひとりのコンゴ人に、我々の独立と主権を回復する聖なる課題を果たしてくれることを期待する。やがてその日が来て、歴史が必ず判定をくだすだろう。しかしそれは、ブリュッセルやパリ、ワシントンあるいは国連で教わる歴史ではない。それは、植民地主義とその手先から解放された国々で教えられる歴史である。アフリカは、独自の歴史を書くだろう。そしてそれは、北アフリカでも南アフリカでも、栄誉と尊厳の歴史となるだろう」(パトリス・ルムンバ「息子よ 未来は美しい」より)(北澤杏奈)