北朝鮮への「帰国事業」の本質とは 脱北者の証言が鳴らす警鐘

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激動の世界は今毎日新聞 2026/7/6 12:00(最終更新 7/6 12:00) 有料記事 2550文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「帰国事業」の第1船で、新潟港を出発する人たち。975人が祖国へ帰還した=1959年12月14日撮影 戦後から高度経済成長期にかけて、9万3340人が北朝鮮へと渡った「帰国事業」。 その体験者50人にのべ350時間のインタビューを重ね、北朝鮮での生活史をつづった「証言・北朝鮮帰国者」(集英社新書)の売れ行きが好調だ。 初版の発売から1カ月余りで重版となるほどの反響だが、なぜ今、半世紀以上前の帰国事業に焦点を当てたのか。 取材を手がけた一人で、ジャーナリストの石丸次郎・アジアプレス大阪事務所代表は、日本社会が今も抱える問題を浮かび上がらせていると指摘する。本音を言えなかった母 「胸が張り裂けそうになりました。食べ物が喉を通らないくらい苦しみました。私が知らなかったことをいっぱい教えてもらった気がして、ものすごく感謝しています」 両親らが北朝鮮に渡った東京都の全文子さん(86)は、出版から間もない6月6日、東京都内で開かれた刊行記念シンポジウムで読後の感想をこう語った。 全さんは北朝鮮への帰国は選ばず、日本で在日本朝鮮人総連合会(総連)の仕事にまい進した。 もともと地方の総連組織で幹部をしていた母親からは、手紙で支援を無心された。「夢にも思っていませんでした。社会主義国なのに、物が足りないと頼んでくること自体が、信じられない感じでした」と振り返った。 本を読んで、食うや食わずの状況に追い込まれていた帰国者の惨状の全体像が、ようやく実感できたという。 全さんとともに日本に残った兄が、北朝鮮への「祖国訪問」で持ち帰ったカセットテープには、母親の肉声が収められていた。 「もう二度と…この記事は有料記事です。残り1903文字(全文2550文字)【前の記事】父の顔を知らない末っ子 笑い始めたころ、父は遺骨となって戻った関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>