読む政治:合流不発の立憲「聖地」立ち退きの危機?財政難で党本部縮小検討

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読む政治毎日新聞 2026/9/29 12:00(最終更新 9/29 12:00) 有料記事 1713文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷立憲民主党本部が入るビル=東京都千代田区で2025年7月21日、平田明浩撮影 財政難にあえぐ立憲民主党が、党本部ビルのフロア縮小などを検討している。旧民主党が拠点を置いて以降、30年近くにわたり野党政局の舞台となり、政権交代による躍進も見守ってきた「聖地」だが、立憲幹部の間では立ち退きの可能性もささやかれる。野党の象徴とも言えるビルでの活動を継続できるのか。党内議論が急ピッチで進んでいる。 「このまま維持するのは難しい」 25日に国会内で開かれた幹部会合。党改革についての議論で、党本部についてこうした見解が共有された。壁面には「躍進」アート 立憲の党本部は現在、東京・永田町にある「三宅坂ビル」(地上10階、地下2階)に入る。5階から10階までを賃借し、党幹部が会合を開く会議室や党職員らの執務室、記者会見や議員総会にも使われる「ホール」などがある。関係者によると、賃料は周辺の相場からすると「破格」だが、それでも厳しい財政事情を前に現在のままの環境は維持できないとの見方が示された。近く開く議員総会でさらに検討を進める。 国会のほど近く、国会図書館や国道246号に面して建つビルは、旧民主にルーツを持つ議員や職員らにとっては特に思い入れの強い場所だ。壁面には日本美術家連盟理事長や日本芸術院会員を務め、旧国立競技場のモザイク画でも知られた洋画家、故・寺田竹雄氏が手がけたモザイク画「躍進」が描かれ、独特の存在感を放つ。民主党政権下では「手狭」となるも 1997年7月、前年に結党した旧民主が本部を構えると、その後は民主や民主の流れをくむ政党の栄枯盛衰はこのビルが舞台となる。2003年の自由党との合併などを経た09年の政権交代時には、当時の民主議員は衆参あわせて計400人以上に膨らみ、官僚や全国からの陳情なども相次いだ。ビルが手狭だとして「移転の可能性」もささやかれた。 16年に維新の党と合流して生まれた民進党も引き続き党本部として使用した。17年9月には、当時の前原誠司代表がビル5階のホールで開かれた両院議員総会で、希望の党への合流方針を提案、了承され、周辺は異様な熱気に包まれた。 その後も旧国民民主党や立憲、中道改革連合が党本部としており、9月17日に結成した民主改革の会も届け出の際の「主たる事務所の所在地」はこの場所。民主時代も知るベテランは「我々にとっては『聖地』のような場所だ」と表現する。3党合流見送りが追い打ち そんな場所がなぜ、現状維持が難しいとされたのか。背景にあるのは、今年1月の中道結党で、衆院議員が離党したことによって起こった財政難だ。参院…この記事は有料記事です。残り660文字(全文1713文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】麻生氏、不記載議員…高市氏の人事に評価厳しい中、例外の閣僚も関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>