インタビュー毎日新聞 2026/9/29 15:30(最終更新 9/29 15:30) 有料記事 2192文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷デビュー24年で初の武道館ライブを行うMINMIさん=大阪市北区で2026年8月25日、三村政司撮影 離婚後、子ども3人を連れて渡った米国での生活は、想像以上に過酷だった。 「これが自分のできる精いっぱい」 自身のキャリアについて、そんな思いが大きくなっていたある日、一つのフレーズが自分の中から湧き上がってきた。 「it's not too late」 遅くないよ――。 その言葉に押され、シンガー・ソングライターのMINMIさんは、再び走り出した。 10月8日には、自身初の日本武道館単独ライブを開く。27歳のデビューから24年かけてたどり着いた「聖地」。タイトルは「it's not too late」だ。 「MINMIならできる」と言い続けてくれたファンやスタッフへの感謝の気持ちを胸に、大舞台に挑む。米移住を後押しした長男の言葉 大阪出身。1990年代後半からレゲエやヒップホップのクラブで歌い始め、2002年のデビューシングル「The Perfect Vision」は50万枚超を売り上げた。 アニメ「サムライチャンプルー」のエンディングテーマ曲「四季ノ唄」(04年)や、トリニダード・トバゴの音楽「ソカ」の要素を取り込んだ「シャナナ☆」(07年)など、多数のヒット曲がある。トリニダードが発祥とされる、ライブでタオルを回す文化を浸透させたことでも知られる。 音楽プロデューサーとしても活躍。野外音楽フェス「FREEDOM」を立ち上げ、兵庫・淡路島や九州、東北などで10年間開催した。 プライベートでは07年に「湘南乃風」の若旦那さんと結婚、3人の子どもに恵まれたが、離婚してシングルマザーに。音楽活動を続けながら19年、子どもたちとアメリカ・ロサンゼルスに移住した。 海外に憧れはあったが、決断を後押ししたのは、長男の「英語がペラペラになりたい。行こうよ」という言葉。スタッフも「海外での経験が音楽的なプラスにつながる」と賛成した。いったんは自分の中で押し問答 日常会話程度の英語はできたが、仕事のあてはない。「簡単じゃないことは分かっていた」が、「ここで諦めたら10年後に行く理由はない。ハードルが上がるだけ」。不安を抱えつつ、旅立った。 アメリカで子育てと仕事を両立させる難しさは想像以上だった。飲食店で弾き語りをするアルバイトから始めたが、夜は出かけられない。車社会の上に子どもだけで外出させ…この記事は有料記事です。残り1236文字(全文2192文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>