毎日新聞 2026/7/26 06:00(最終更新 7/26 06:00) 有料記事 2566文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷1944年に旧満州で発行された『ウクライナ・日本語辞典』の冒頭部分=岡部芳彦・神戸学院大教授提供 「これがあの“幻の辞典”か」 日本におけるウクライナ研究の第一人者、岡部芳彦・神戸学院大教授は一冊の古びた本に思わず目を見張った。 1944年4月、旧満州(現中国東北部)のハルビンで発行された『ウクライナ・日本語辞典』だ。 この辞典には謎がある。 「日本」のウクライナ語は「ニポン」と記されているが、実際は「ヤポニヤ」。日本語風の「造語」が紹介されているのだ。 なぜこのような言葉が載っているのか。世界初の「ウクライナ語―日本語」辞典が編まれた背景をたどる。 前後編の後編です 前編 日本の隣にあった「緑のウクライナ」なぜ消えた? 絶たれた希望国内では見つかっていない実物 岡部さんが辞典の実物を目にしたのは2022年8月、ロシアがウクライナ侵攻を開始してから半年後のことだった。 神戸市内の岡部さんの研究室に、ある中国人研究者が“鑑定”を依頼するため持参した本がそれだ。 A5サイズで厚さ1・2センチ。本文266ページに約1万1000語を収録する。ウクライナ人の著者2人(アナトリ・ヂブローワ、ワシーリ・オヂネツと記載)による序文には、編さんの目的として「日本及ウクライナ両国民の相互理解を容易ならしめ」「両国民の多岐な文化的交流への道を伸べん」とある。 19世紀後半から20世紀初頭にかけて極東にはウクライナ人の一大コミュニティーがあった。辞典の存在は旧満州で出合ったウクライナと日本が関係を深めていったことを裏付ける。 1000部製作されたこの辞典は存在こそ知られていたが、日本国内で実物は確認されておらず、研究者の間で「幻」とされてきた。戦後の混乱で旧満州から日本に持ち出すことが難しかったとみられる。 当の中国人研究者は、北京で入手した資料にこの一冊が紛れ込んでいたのを見つけ、岡部さんの元に持ち込んだという。 それまでに現存…この記事は有料記事です。残り1797文字(全文2566文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>