インタビュー 井上知大毎日新聞 2026/7/25 10:00(最終更新 7/25 10:00) 有料記事 2439文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷(手前から)パッパラー河合さん、サンプラザ中野くん、爆風スランプのデビューに携わった石井俊雄さん=東京都港区で2026年6月26日、西夏生撮影 「来年、武道館取ったから満員にしろよ」 デビュー間もない1984年末、バンド「爆風スランプ」のメンバーは、所属するレコード会社の担当者からそう告げられた。 新人バンドにとって無謀ともいえる挑戦から40年あまり。 この夏、代表曲「大きな玉ねぎの下で」の舞台となった東京・日本武道館に、爆風スランプが帰ってくる。ビッグイベントに喜びと覚悟 爆風スランプは、84年にデビューした。 ボーカルのサンプラザ中野くんの力強い歌唱や、ギターのパッパラー河合さんらメンバーの巧みな演奏とユニークなパフォーマンスで人気を集め、「Runner」(88年)などがヒットした。 99年に活動を休止し、デビュー40周年の2024年に再スタートを切った。 復活後最大のイベントが、35年ぶりの武道館公演だ。 河合さんは喜びを隠さない。 「武道館は、爆風スランプにとって特別な場所。活動再開した時から、また武道館でやりたいねと言っていた」 中野くんは並々ならぬ覚悟を口にする。 「もしかしたら今回が最後の武道館になるかもしれない」ライブが面白ければいい 80年代前半、アマチュアだった爆風スランプを見いだし、世に送り出したのは、当時、CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)の社員だった石井俊雄さん(83)だ。 石井さんによると、デビューの決め手は楽曲ではなかった。 「音楽なんかどうでもいい、とにかくライブが面白ければと思っていた」 当時のソニーは松田聖子さんを筆頭にアイドル全盛時代。バンドを売り出す文化は主流ではなかった。 そんな中、石井さんは布団を持ち出して寝転びながら歌うなど、破天荒なステージに衝撃を受け、爆風スランプを自身が責任者を務める「石井制作室」の新人第1号アーティストにした。 石井さんの考えは当時から変わらない。 「ライブが面白ければ客が入る。客が入ればアルバムが売れる」 その延長線上に、85年の武道館があった。空席への不安が生んだ名曲 84年12月、東京・九段会館での公演後、中野くんらが「いつか近くの武道館でライブやりたいなあ」と話していた。 これを聞いた石井さんは、すぐに翌年の武道館を押さえた。 メンバーには事後報告で「満員にしろ」と発破をかけた。 ライブに定評はあるものの、誰もが知るヒット曲はない。 武道館では空席が目立つ可能性もあった。 重圧に押しつぶされそうになった中野くんが思いついたのが「空席に…この記事は有料記事です。残り1425文字(全文2439文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>