「むちゃくちゃな話だった」 大日本帝国「終戦構想」の蜃気楼

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毎日新聞 2026/7/25 14:00(最終更新 7/25 14:00) 有料記事 2013文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷大日本帝国は「終戦構想」が破綻した後も戦争を続け、敗戦を迎えた。写真は1945年9月2日、東京湾上の米戦艦「ミズーリ」で開かれた降伏調印式 始まった戦争は容易に終わらない。 ウクライナとガザ、イランでの戦争で、私たちはそのことを改めて実感した。戦争を始める為政者の多くは戦場の最前線に行かない。そして戦争の終わらせ方を知らない。かつての大日本帝国(帝国)がそうだったように。 2024年6月の記事を再掲載、帝国の「終戦構想」を振り返りつつ、日本政府が想定する「新しい戦争」について考えてみたい。【専門記者・栗原俊雄】独ソ開戦後に生まれた「腹案」 帝国の指導者たちは武力で米国を屈服させられないことは分かっていた。ではどうやって戦争を終わらせるつもりだったのか。 一応の「終戦構想」があった。開戦1カ月弱前の1941年11月15日、「大本営政府連絡会議」(主要閣僚と陸軍参謀本部、海軍軍令部の幹部らによる会議)でまとめられた「対米英蘭蔣戦争終末促進ニ関スル腹案」だ。 要約すると(1)東アジアや西南太平洋から米国、英国、オランダの勢力を排除して重要資源を確保し、長期自給自足体制を整備する(2)中国(蔣介石政権)を屈服させる(3)三国同盟を結んでいたドイツ、イタリアと連携して英国を屈服させる(4)それによって米国の戦…この記事は有料記事です。残り1524文字(全文2013文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>