経営者イノベーション委員会:地政学的リスクとAIの荒波を越える「生存戦略」としてのIMS 「IM Lab Open Days #3」

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イノベーション・マネジメントシステムの社会実装などについて議論を交わした「IM Lab Open Day #3 2026」=東京都中央区で2026年7月、AA creative works 撮影 現代の経営環境は、未曽有の転換点にある。地政学的緊張の激化、加速度的な気候変動、そして生成AI(人工知能)による既存ビジネスモデルの根底からの破壊。かつてダーウィンが説いた「変化に適応できるものだけが生き残る」という自然選択の原理は、今、国家や組織の生存戦略としてかつてない重みを持って突きつけられている。 一般社団法人Japan Innovation Network(ジャパン・イノベーション・ネットワーク、以下JIN)主催で、2026年7月1日に東京都内で開催された「IM Lab Open Days #3 2026」は、まさにこの危機感から出発した。もはやイノベーションを「属人的なひらめき」や「幸運な偶然」に委ねる余裕はない。単独企業の閉じた戦略が限界を迎える中、我々に求められているのは、価値創出を再現可能な「システム」として設計・運用する能力、イノベーション・マネジメントシステム(IMS)の社会実装である。Advertisement 本稿では、「IM Lab Open Days #3 2026」で提示された産官学の知見を、次世代エコシステムの設計図として統合的に構造化する。欧州におけるIM教育の要諦 工学、経営、デザインの三位一体開催の趣旨などを説明するオープニングの様子=東京都中央区で2026年7月、AA creative works撮影 欧州のイノベーション教育を先導するスウェーデン王立工科大学(KTH)のマッツ・マグヌソン教授は、学術的理論と実社会の乖離(かいり)、すなわち「Knowing-Doing Gap(知識と行動の不一致)」の解消を最優先課題として掲げる。教授によれば、次世代のリーダーには「工学(Engineering)」「経営(Management)」「デザイン(Design)」の3領域を高度に融合させた能力が不可欠である。 スウェーデンのチャルマース工科大学の事例に見られる、新たな事業を生む「ベンチャー創造トラック」と、既存組織を変革する「コーポレート・アントレプレナーシップ・トラック」の対比は示唆に富む。特に注目すべきは、実社会の「Wicked Problems(厄介な問題)」を解決するための「リビング・ラボ(Living Labs)」の活用だ。「失敗しても誰も傷つかない環境」でのリアルな実験を通じ、理論を実践知へと変換する教育モデルは、ISO56000シリーズという「共通言語」を得ることで、組織の壁を越えたオーケストレーションを可能にしている。日本の国家戦略 標準化を「市場創出のツール」に変革する 日本の現状に目を向ければ、R&D(研究開発)投資が過去最高水準にある一方で、2025年版のグローバル・イノベーション指数は12位、IMD世界競争力ランキングは35位と低迷が続く。この「技術で勝ち、ビジネスで負ける」構造を打破するため、経済産業省(菊川人吾氏)が打ち出したのは、「国際標準(ルール)を創出することで、市場そのものを創出する」という攻めの戦略である。スライドを使って基調講演するスウェーデン王立工科大学のマッツ・マグヌソン教授=東京都中央区で2026年7月、AA creative works撮影 政府が掲げる「17の戦略分野と八つの横断的課題」を貫く軸は、ISO56001(要求事項)やISO56011(コンピテンシー)を単なるコンプライアンスとしてではなく、「経営リーダーシップの枠組み」として活用する点にある。技術的優位性をいかにして持続的な経済価値へと「変換(Conversion)」するか。IMSは、この変換を加速させるための「OS(オペレーティングシステム)」であり、日本企業がグローバルな信頼を再獲得するための不可欠な基盤となる。国際エコシステムのガバナンス VLAIOが実践する「多重らせん」の規律 ベルギー・フランダース政府(VLAIO)のアニー・レンダース氏が提示する「Multiple Helix(多重らせん)モデル」は、エコシステムを単なる「緩やかな連携」から、厳格な規律を持つ「戦略的ネットワーク」へと昇華させる。企業が「Driver’s Seat(運転席)」に座り、知識機関、政府、投資家、社会が並走するこのモデルは、「介入論理(Intervention Logic)」と厳格なKPI(業績評価指標)管理に支えられている。 具体的な成功例として挙げられた食品パッケージの事例では、化学、食品、物流といった異なるクラスターが共通のロードマップを策定し、脱炭素化という社会課題の解決と経済的利益を両立させている。単一組織の「境界を越える共創(Boundary Spanning)」を成功させる鍵は、非営利組織としての明確な理事会によるガバナンスと、5年、10年先を見据えた投資の「規律」にあるのだ。日本の実装課題 横断的知性のプロフェッショナル化 日本の高等教育、特にビジネススクール(MBA/MOT)が抱える最大の障壁は、1980年代型の古いカリキュラムと、大学・企業内に根深く残る「サイロ(縦割り)」である。多摩大学や関内教授らが指摘するように、イノベーションを阻害しているのは、博士課程(PhD)の過度な専門分化や、既存の機能別組織の硬直性である。 今、求められているのは、専門性を持ちつつも「点と点をつなぎ、システム全体を俯瞰(ふかん)する」横断的知性(Transversal Competency)の育成である。AIが既存の企業機能(財務、人事など)を代替していく未来において、人間が担うべき役割は、IMSを設計・評価・促進する「プロフェッショナル化(Professionalization)」に他ならない。大学は単なる知識の供給源ではなく、企業や自治体と共に課題を解決する地域の「イノベーション能力ハブ」へと自己変革を遂げる必要がある。総括と提言 産官学で紡ぐ「規律ある規律」の時代へパネルディスカッションには、マッツ・マグヌソン教授や「IM Lab」のメンバーらが参加した=東京都中央区で2026年7月、AA creative works 撮影 イノベーションを「特別な誰かの憧れ」とする時代は終わった。今、我々に必要なのは、それを組織全体に根付かせる「規律ある規律(Discipline)」としてのIMSである。かつて「品質管理(QC)」という型を自らのDNAに取り込み、世界を席巻した日本企業こそ、IMSという新たな国際標準を最も使いこなし、再び世界の信頼を勝ち取れるポテンシャルを有している。 今後のアクションとして、JINと東京科学大学による「IM Lab」のような活動を触媒とし、以下の3点を提言したい。第1に、ISO56000をあらゆる学問領域の共通言語として教育課程に組み込むこと。第2に、大学を実社会の課題に対する「リビング・ラボ」として開放し、実践知を還流させること。第3に、経営層自らがIMSを「ボード(取締役会)レベルの責任」として捉え、持続可能な社会価値創造への投資を断行することである。 2026年以降、産官学がこの設計図を共有し、IMSというシステムを起動させることで、日本は「技術の優位性」を「社会的な価値」へと確実に変換し、レジリエント(弾力的)な未来を切り開くことができるはずだ。イノベーションを偶然の産物とする甘美な幻想を捨て、規律ある実践へと踏み出す。今、その時が来ている。