やまゆり園事件10年インタビュー毎日新聞 2026/7/23 08:00(最終更新 7/23 08:00) 有料記事 1934文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷フリージャーナリストの佐藤幹夫さん=千葉県船橋市で2026年7月14日午後5時1分、田原拓郎撮影 養護学校教員として20年以上の勤務を経てフリージャーナリストに転身し、障害者が関連する事件を取材してきた佐藤幹夫さん(73)は、戦後の福祉や重大事件史など多様な視点から「津久井やまゆり園事件」を言語化しようと試みてきた。佐藤さんは事件の本質を「戦後の人間観の空白」と指摘する。【聞き手・田原拓郎】 2016年7月に津久井やまゆり園で入所者ら45人が殺傷された事件の発生から10年。園の関係者や障害当事者、福祉の専門家らに、それぞれの視点から「私の思い」を語ってもらいます。 佐藤さんは記事の後半で、戦後の日本社会の障害との向き合い方から事件を読み解きます。植松死刑囚からの返信には… ――当初、事件をどう受け止めましたか。 ◆戦後福祉とは何だったのかと強い衝撃を受けました。1970年代以前、「障害」を持つ人への支援も制度も不十分で、家族が必死に我が子を守らなくてはならなかった。追いつめられた親が自分の子を手にかけてしまう痛ましい事件が起きた時、当事者側が発した「母よ! 殺すな」という言葉は今も鮮烈です。 その後、大規模施設の時代になり、強い反対運動が起こります。地域での生活が強く望まれ、法や制度が少しずつ整備され、わずかなりとも前に進んでいる、はずだった。ところが事件後、植松聖(さとし)死刑囚(36)の強烈な差別意識が明らかになり、賛同者が現れた。被害者は「日本社会には根深い差別がある」と匿名にされてしまう。社会の底流には根強い差別感情が今も残っていたわけです。がくぜんとしました。 ――どのように事件を言語化しようとしましたか。 ◆この事件は、…この記事は有料記事です。残り1254文字(全文1934文字)【前の記事】まん延する「善意の優生思想」 45人殺傷、障害当事者たちに衝撃関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>