有元愛美子2026年7月24日 9時00分 遠くに山々の稜線(りょうせん)が連なり、深い緑が一面を覆う。湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。夕方になると、厚い雲がゆっくりと切れ、山の向こうから柔らかな陽光が差し込んだ。その光の先を、男性はじっと見つめていた。 相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」。入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件から26日で10年になる。 午後3時ごろ。入所者の小林正人さん(37)は、日中の作業を終え、お風呂の時間までの間、毎日同じ行動を繰り返す。廊下を行っては戻り、ふと空を見上げる。居室棟のドアをそっと閉めると、再び開けて外廊下へ足を向ける。手すりをつかみ、しゃがむような姿勢でゆっくり歩く。その繰り返しは2時間以上に及ぶ。 そのそばで職員は静かに見守る。せかすことも、止めることもなく、時間を共にする。事件後に建て替えられた津久井やまゆり園=2026年6月30日午後4時27分、神奈川県相模原市緑区、有元愛美子撮影 小林さんには、知的障害と、自傷や他害などが見られる「強度行動障害」がある。言葉によるコミュニケーションは難しく、職員は表情や声の調子、視線の先から思いを探る。答えを急がず、決めつけず 繰り返しの行動について、ある職員は「本人なりに次の行動へ移るタイミングを探しているように見える」と話す。無理に行動を切り上げさせると、不安やストレスが高まり、居室の壁を殴るなどの行動につながることもあるという。複数の穴があいた壁=2026年7月13日午後3時24分、神奈川県相模原市、有元愛美子撮影 だからこそ職員らは入所者一人ひとりの日々の表情や行動を記録し、どんな声かけを喜び、どんな関わりを嫌がったのかの積み重ねを大切にする。それを手がかりに、本人が何を望み、どんな暮らしを送りたいのかを探っていく。 障害の有無にかかわらず、人は安心できる相手でなければ本音を伝えにくい。だからこそ本人の行動を受け止め、信頼関係を築くことが欠かせないという。 ただ、いつ終わるか分からない行動に寄り添い続ける職員の負担は小さくない。そのため小林さんら入所者には18人の職員が支援の方針や記録を共有し、誰でも対応できる体制を取っている。 事件前は慣れ親しんだ職員に対応が集中することが多かった。今は担当を固定せず、交代しながら支援する。入所者が特定の職員に依存することを防ぐだけでなく、職員が一人で抱え込まないためでもある。アンガーマネジメント研修も実施し、怒りをなくすのではなく、感情と適切に向き合う方法を学ぶ。津久井やまゆり園の前に建てられた慰霊碑=2026年7月13日午後5時35分、神奈川県相模原市、有元愛美子撮影 職員が精神的に追い込まれた結果、不適切な対応や虐待につながることがある。そのため、支援が難しいと感じた時は別の職員に交代し、ストレスや負担を分散する。 事件から10年。入所者だけでなく、支援する職員も支える体制が強化されてきた。その先にあるのは、入所者の行動の背景にある思いや意思を理解しようとする支援だ。 入所者が何を考えているのか、本当のところは本人にしか分からない。それでも職員らは、答えを急がず、決めつけず、入所者の歩みに合わせて模索を続けている。やまゆり園から見える景色=2026年6月30日午後6時56分、神奈川県相模原市緑区、有元愛美子撮影この記事を書いた人有元愛美子映像報道部専門・関心分野写真・映像、矯正教育関連トピック・ジャンル