社会が壊れるその前に 哲学者の故・宮野真生子さんとの往復書簡『急に具合が悪くなる』が映画化され、注目を集めた気鋭の人類学者、磯野真穂さんが『社会が壊れるその前に』(新潮社)を刊行した。イギリスの人類学者、メアリ・ダグラス(1921~2007年)の著書を手がかりにした意欲作だ 磯野さんと同世代の内田麻理香・東大特任准教授に書評を寄せてもらった。初詣に行き、会社のロゴに帰属意識抱く 「客観的な事実に基づき、自分の頭で考える」。現代社会では望ましいとされる態度だ。しかし、本当に私たちは自分の頭で考えているのだろうか。何か大事なことを見落としていないだろうか。 かつて、人類の思考は呪術から宗教へ、そして科学へと進化すると考えられていた。こうした進歩史観は学問上否定されているが、いまだに宗教を怪しげな目で眺め、科学を高次とみなす人は多いだろう。しかし、科学が発達しても、人間が儀式や象徴から自由になったわけではない。科学的、客観的に考えているつもりの人も、元旦には初詣に出向き、会社のロゴマークに意味を見出(みいだ)して帰属意識を抱く。私たちは、論理で考えているつもりでも、否応(いやおう)なしに象徴に突き動かされているのである。 こうした人間の営みを考える視点を与えてくれるのが、文化人類学である。異文化の慣習や儀式、ものの見方を研究するこの学問は、私たちの「当たり前」を問い直す手がかりにもなる。本書は、文化人類学者メアリ・ダグラスの理論を用いて、現代社会を読み解く一冊だ。そこでは、私たち自身を動かしている象徴への無自覚さが問われる。私たちはいくら理性的であろうとしても、象徴に縛られることは避けがたい。しかし、象徴の作用を自覚することはできる。その違いは小さくない。 ダグラスは、社会を根底で支える価値観や物語である「宇宙観」に着目した。たとえば、「悪い行いをしたら回り回って自分に返ってくる」という因果応報の考え方も、日本社会に根づいた宇宙観の一つだ。科学的に証明されたものではないが、人々の判断や行動に影響を与えている。成功するのは少数、モノ化する人間 ダグラスは、社会を「グリッド」と「グループ」の二軸で分類する。グリッドは個人の立場や振る舞いを規…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事