「人は簡単に死ぬ」 引き揚げ体験を漫画に託したちばてつやさん

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漫画家のちばてつやさん=東京都練馬区で2026年3月12日、小林努撮影 22日に87歳で亡くなった漫画家のちばてつやさんは、生涯にわたり平和を願っていました。その根底には、少年時代の過酷な引き揚げ体験がありました。今年3月のインタビューをもとにした記事を再掲します。飢えに耐えた逃避行 およそ1年に及んだ引き揚げで、6歳の少年が目にしたのは道のあちこちに残された遺体だった。 ある人は病に、またある人は栄養失調に倒れた。埋葬する穴も掘られず、ただそこに置かれた。 1945年8月15日、ちばさんは旧満州(現中国東北部)の奉天(現瀋陽)で終戦の日を迎えた。 一家6人が博多港(福岡市)へとたどり着き、帰国したのは46年夏。大陸で身を隠しながら冬を越し、歩いたり貨車に乗ったりして途方もない距離を移動した。 飢えに耐えた過酷な逃避行は、今もちばさんの脳裏に刻まれる。 「人間は簡単に死ぬ。だから私は、漫画の中でよく人を死なせてしまうんです」「石」を投げ返せば戦争に 終戦時、海外には計約660万人の日本人が暮らしていた。しかし最終的に帰国したのは約630万人。ちばさん一家が一人も欠けることなく祖国の土を踏めたのは、現地の中国人の助けを得られたからだった。 今、中国との関係は昨年11月の高市早苗首相による台湾有事発言を機に悪化し、世界で「戦争の世紀」だった20世紀に逆戻りしたかのような戦闘が続く。 ちばさんは言う。「戦後、日本はなんとか(戦争をせずに)頑張ってきたけど、また危ない。ちょっとしたことでどちらかが石をポンポンとぶつけ、相手がその石を投げ返せば、あっという間に戦争になる。互いに尊敬し合うことが必要だと思う。政治家も、ものを描く我々も」 漫画家デビューから今年で70年。代表作「あしたのジョー」をはじめ作品に戦時の記憶を刻み、平和への願いを託し続ける。一夜で支配・被支配の「立場」逆転…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事