「わたしの知らない子どもたち」Ⓒ2026 K2 Pictures・AOI Pro. たいていの映画は物語の始まりでタイトルが示されるが、最後に出てくる作品もいくつか見たことがある。どれも印象的だった。なかでも「わたしの知らない子どもたち」はその必然性を強く感じさせて、これまでにない感情に襲われた。それは、後ろめたさである。うどんすする文美子のたくましさ 1945年、終戦後。音楽家の父を持ち、幸福な家庭で育った12歳の茅野琴子(小八重葵美)は、戦争で家も家族も失う。無法地帯となった東京で性暴力から身を守るため、少年として生きる決意をする。孤児の仲間たちとも出会って互いに支え合う。Advertisement 懸命に生き抜こうとする琴子がまぶしい。その琴子以上に、私がひかれたのがもう一人の主人公である曽根文美子(二階堂ふみ)だ。 文美子は琴子の担任教師で、戦後彼女たちを疎開先から引率して東京に帰る。ためらいながらも、琴子を一人駅に残して去る。 文美子は戦死した婚約者の子どもを身ごもっており、自分のことで精いっぱいだったのだ。赤ん坊が生まれると女手一つで育てるために、進駐軍相手の慰安婦に身を落とす。 とりわけ印象に残ったシーンがある。文美子は初めて客をとらされた後、よろめきながら金を受け取りに行く。だが大金を手にすると一転、赤ん坊をおぶって闇市でむさぼるようにうどんをすする。その姿は琴子たちをしのぐほどたくましく、爽快感すら覚えた。「わたしの知らない子どもたち」Ⓒ2026 K2 Pictures・AOI Pro. 後に西川美和監督のインタビュー記事を読んで納得した。監督は小津安二郎監督の「風の中の牝雞」(48年公開)について語っている。 この作品では終戦後に夫の復員を待つ妻(田中絹代)が、病気の息子の治療費を得るため一度だけ売春する。そして帰ってきた夫(佐野周二)に謝り続ける。 これに対して西川監督は強い違和感を示している。息子の命を守るためだったのに、なぜ謝らなければいけないのかと。そんな監督の思いが反映されていたのだろうか。生にしがみつく力強い文美子の描写に、なにか勇気づけられる思いがした。人を謙虚にする罪悪感 文美子は生活に追われながらも、見捨ててしまった琴子を思い続けて自分を責めさいなんでいた。そして、あることをきっかけに琴子を懸命に捜し始める。いつしか彼女を救い出すことが、生きる支えになっていく。 「行き場がないのをわかっていたのに、彼女のその後を想像するのが怖かったのです」。自分が捨てた琴子への思いを吐露する文美子。その気持ちはよく分かる。さらに彼女には、琴子をはじめ子どもたちに軍国主義教育をしていたことに対する負い目もあった。 罪悪感は人の心をむしばむ。半面、罪悪感や後ろめたさは、人を限りなく謙虚に優しくするのではないだろうか。「わたしの知らない子どもたち」Ⓒ2026 K2 Pictures・AOI Pro. 文美子は多くの大人たちとは対照的に、悪事に手を染めざるをえない孤児たちの背景を思いやる。見知らぬ浮浪児が雑誌を盗んで本屋の店主に捕まると、泣きながらかばう。 とりわけ、琴子を捜すうちに出会った、浮浪者のひろえ(花瀬琴音)の汚れて黒ずんだ手を優しく握りしめる場面が心にしみる。 ひろえは、文美子と同じように身を売って生活していたのだ。軍国主義思想を妄信して、時に生徒たちに高圧的だった教師時代の文美子ならこのようなことをしただろうか。 正義だと信じていたものが打ち砕かれるのは悲劇である。しかし戦後、迷い揺れ動きながら生きる文美子には人間味があり深い共感を覚えた。いまも生まれる無数の“琴子”たち 物語はかすかな希望を感じさせて終わる。最後に現実の戦争孤児たちの境遇を示すテロップが流れ、それを受けて本作のタイトルが立ち現れる。 瞬間、文美子には遠く及ばないが、私も後ろめたさを感じた。 「わたしの知らない子どもたち」。「わたし」が漢字ではなく、ひらがなになっているのはなぜだろう? やわらかい文字を使い、特定の個人を強調しないことによって、多くの人が自分を重ねられるようにするためではないだろうか。少なくとも私には「わたし」が自分に見えた。「わたしの知らない子どもたち」Ⓒ2026 K2 Pictures・AOI Pro. 戦争孤児について少しは知識があったし、彼らの境涯に涙したこともある。一方、本作を見るまで深く知ろうとはしてこなかった。どこかで、遠い昔のことだと思っていたからだ。 しかし、彼らの中で戦争は終わっていない。孤児の多くが盗みや路上生活をしていた過去を恥じて口をつぐみ、辛(つら)い記憶を抱え続けたままでいるという。 しかし、誰にも守ってもらえず、そうするより他に生きる術(すべ)がなかった彼らに罪はない。むしろ恥ずべきなのは、その存在に無関心でいた私たちではないだろうか。 さらに、いま世界では無数の新たな琴子たちが生まれている。彼らに目を向けなくていいのか? 「わたし」が私に問いかけてくる。【早坂あゆみ】Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】恋愛だけじゃない「汝、星のごとく」 櫂の「守ってあげる」は優しさか関連記事【最新記事】