対話で日中摩擦やわらげた福田元首相 「パイプ役」相次ぎ失う

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中国の胡錦濤国家主席(左)との首脳会談後に共同記者会見を行う福田康夫首相(肩書はいずれも当時)=首相官邸で2008年5月、丸山博撮影 福田康夫元首相が死去したことに、政界からは惜しむ声が相次いだ。福田氏が最も力を注いできたのが日中関係の改善だ。高市早苗首相の「台湾有事」発言で日中関係の悪化が続く中、6月の河野洋平元衆院議長の死去に続き、中国とのパイプを築いてきた重鎮を失った意味は大きい。円滑な日中関係作りに尽力 高市首相は26日、東京都内で遺族を弔問した。その後官邸で記者団の取材に応じ「悲しみの念を禁じ得ない。偉大な功績をしのびつつ、謹んで哀悼の誠をささげる」と悼んだ。 首相は、福田氏が官房長官や首相として「豊かな経験と卓越した識見の下、困難な課題に直面しながらも一つ一つ力を尽くして取り組み続けてこられた」と述べた。2008年に開催された北海道・洞爺湖サミットの議長として国際社会の課題に取り組んだことなども挙げ「我が国の存在感を大きく世界に発信してくれた」とも語った。 福田氏は1978年の日中平和友好条約締結時、首相だった父・赳夫氏の首相秘書官を務め、政界進出後も中国との関係づくりを進めてきた。首相時代には胡錦濤国家主席や温家宝首相(いずれも当時)と会談を重ねるなど円滑な日中関係を作り上げ、退陣後は習近平国家主席らとの関係づくりに力を注いだ。中国の軍事的・経済的伸長を予測し、日中間で生じる摩擦を「対話」によりやわらげるためだ。日中関係悪化、裏口から何度も… 政界引退後、福田氏が最も注目を集めたのは第2次安倍政権時代の14年7月だ。前年の安倍晋三首相の靖国神社参拝などにより日中関係は緊迫化。事態を重くみた福田氏は北京で習主席と極秘…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事