「おじいさんが建てた」 通天閣が紡ぐ家族の物語 再建70周年

Wait 5 sec.

雑貨店の店先に立つ雑野フサ子さん(左)と息子の裕史さん=大阪市浪速区で2026年10月25日午後4時58分、国本ようこ撮影 「毎日ね、おじいさんはえらいもん建てはったんやなあって思って見てます」。大阪市浪速区の繁華街「新世界」で雑貨店を営む雑野(ざつの)フサ子さん(93)は、近くの神社に参拝して通天閣を見上げるのが日課だ。「おじいさん」とは、通天閣の再建に奔走した義理の父貞二さん(故人)のこと。フサ子さん一家の歴史は、28日に70周年を迎えた通天閣とともに紡がれてきた。【国本ようこ】戦後の復興シンボルとして再建 天に通じる高い建物との意味で名付けられた初代通天閣は1912年、遊園地「ルナパーク」のシンボルタワーとして誕生した。しかし、43年に火災で焼失。戦時中だったので鉄骨は資材として解体された。 戦後、焼け野原となっていた新世界周辺。復興のシンボルとして通天閣再建の話が持ち上がった。尽力したのは写真店やうなぎ店、雑貨店など地元の商店主ら。発起人の代表を務めたのが貞二さんだった。 資金集めや建設許可の取得に奔走し、56年に2代目通天閣の完成にこぎ着けた。貞二さんは運営会社「通天閣観光」の初代社長に就任した。 フサ子さんは再建当時、貞二さんの息子、貞雄さん(故人)と交際していた。これが縁で、通天閣のエレベーターガールとして働き始めたという。…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事