目指すは「なんちゃって家族」 暴力団の拠点跡に描く「希望」

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プレオープンを控えた「希望のまち」で開かれた運動会で、参加者と記念撮影する奥田知志理事長(右)=北九州市小倉北区で2026年10月17日、上入来尚撮影 「怖いまちから希望のまちへ」。 暴力団事務所が取り壊された跡地を買い取って6年あまり。思い描くまちの拠点施設「希望のまち」が31日にプレオープンを迎える。その取り組みを支えるため全国から約7億円の寄付が寄せられた。 運営に当たる北九州市のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」の奥田知志理事長(63)は、拠点の役割の一つに「なんちゃって家族」を挙げる。 今月17日、小倉北区に完成した建物で抱樸が開いた運動会。路上生活の経験者や元受刑者、高齢者や乳児も含む地域住民ら約300人でにぎわった。特定危険指定暴力団「工藤会」の本部事務所があった時代を思い起こしながら、奥田さんは感慨深げに言った。「誰も寄りつけない、仕方がないと諦めていた暴力団事務所の跡地に、子どもから高齢者まで集った。変われることは希望だ」「断らない支援」がモットー 抱樸は1988年にホームレス支援のための北九州日雇越冬実行委員会として発足した。2000年にNPO法人化し、14年から現在の名称となり、路上生活者向けの住宅支援や炊き出しに取り組んできた。「断らない支援」「出会いからみとりまで」がモットーで、支援を受けて住宅に住めるようになった人は4000人に上る。 意識してきたのは「家族機能の社会化」だ。路上生活者の多くは家族との縁が切れ、孤立していた。生きづらさは経済的困窮(ハウスレス)を抜け出すだけでは不十分で、社会的孤立(ホームレス)への手当ても欠かせなかった。 抱樸は、赤の他人同士が大きな家族(ホーム)となり、互いを気遣い、誰かが発する「助けて」を受け止め、伴走してきた。「運動会に参加したら大家族。炊き出しは『作る人』『食べる人』がその場で家族になる」。奥田さんが考える抱樸流の家族像だ。再び一人にさせない 赤の他人同士の家族は人生の最後にも寄り添う。抱樸には、路上生活から自立した人たちが再び一人にならないよう…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】無自覚なアウティングどう防ぐ? 専門家が解説 李琴峰さん勝訴関連記事