裁判Plus 司法のリアル:小4の息子に「5年の命」の宣告 エイズと闘った母が破った沈黙

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裁判Plus 司法のリアル毎日新聞 2026/9/2 07:00(最終更新 9/2 07:00) 有料記事 2460文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷杉山千波さん(奥)と長男信一さん。我慢強い信一さんは、自分の病気について一度も愚痴を言わなかったという=杉山千波さん提供 1996年3月29日。非加熱血液製剤でエイズウイルス(HIV)感染した患者らが国と製薬会社に賠償を求めた薬害エイズ訴訟は、山場を迎えていた。 東京訴訟は午前中に和解が成立。大阪訴訟もこれに続く予定だった。 ところが協議は土壇場で決裂しかける。 原告患者の男性1人が納得できず、大阪地裁の202号法廷を飛び出した。 「和解確認書に『謝罪』の文字がない」。それが理由だった。 法廷には被告・国を代表して菅直人厚相(当時)が駆け付けていた。菅厚相は「会わせてください」と男性を追いかけた。 「人間らしく生きていきたいんです」と語る男性に、菅厚相が「自信をもって生きていけるよう約束します」と応じ、説得に当たったと当時の新聞記事は伝えている。 戦後最大級の薬害はこの日、裁判上の決着をみた。 国と製薬会社が謝罪して再発防止を確約し、原告患者側に和解金を支払う――というのが主な内容だった。 「本音は一人一人の状況に照らして解決を求めたい。そうすると、裁判が長引く」。法廷の傍聴席にいた杉山千波さん(73)も苦渋の選択で和解を受け入れた原告の一人だった。親にも隠した病名 杉山さんの長男、信一さんは血友病の患者だった。血を固めるたんぱく質「凝固因子」が不足し、血が止まりにくくなる先天性の病気。1歳10カ月の時に診断された。 「今は良い薬があるのですよ。死ぬ病気ではありません」。医師から示されたのが70年代後半に米国から輸入され始めた非加熱血液製剤だった。 他人の血液から凝固因子を採取して濃縮させた画期的な治療薬とされ、日本で広く使われていた。信一さんも週3回、投与を受けることになった。 88年12月、小学4年生になっていた信一さんの体に異変が起きた。下血と発熱が続き、杉山さんは医師に相談した。 「長くてあと5年の命です」 信一さんはエイズを発症していた。血友病の治療に使っていた非加熱血液製剤にHIVが混入していたためだった。 医師は2年前の検査で信一さんがHIVに感染していたことを把握していながら、その事実をひた隠しにしていた。理由を問うと…この記事は有料記事です。残り1587文字(全文2460文字)【次の記事】感染、差別の二重苦だった「薬害エイズ」和解30年で遺族が手記【前の記事】退職代行から320万円 「モームリ」顧問弁護士が払った代償関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>