インタビュー毎日新聞 2026/9/1 13:23(最終更新 9/1 13:23) 有料記事 4019文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷宇宙から帰還した秋山豊寛さん=ソ連・カザフ共和国(当時)で1990年12月10日 日本人で初めて宇宙へ飛び立った元TBS記者の秋山豊寛さんが亡くなりました。80歳を超え、三重県大台町の山中で農業を営んでいた秋山さん。人生100年時代、再び宇宙に行きたくないですかと聞くと、「行きたくなんかないよ」と語っていました。その理由とは――。【川瀬慎一朗】 日本人初の宇宙飛行士として多くの人の記憶に残る秋山さん。2023年の毎日新聞のインタビューで語っていた人生観をお届けします。(肩書きや年齢は23年当時) ――新しい宇宙飛行士候補が発表され、世界銀行職員の諏訪理さん(46)と外科医の米田あゆさん(28)が選ばれました。 ◆(年の差から)34年前の(TBSが選考した)俺(当時47歳)と菊地涼子さん(当時25歳)のようで不思議な気がしたよ。宇宙ではいろいろな仕事があるから、2人のバックグラウンドを生かせる仕事をしてほしいね。 諏訪さんは知識や経験をある程度積んでいるから、数年したら日本の有人宇宙飛行体制の中心になれると思うね。 世界銀行に勤めていて、語学能力、調整能力が高くて評価されたんだろう。米航空宇宙局(NASA)でも国際宇宙ステーション(ISS)でも、国際的な付き合いにはやはり人生経験豊富な方がいいよ。 米田さんは国際月探査「アルテミス計画」の柱になるため、ゆっくり育てるつもりで採用したんだろうね。コミュニケーション能力の向上や外国人慣れなど、いろいろな経験を積んでほしい。医者というのも選ばれるに当たってすごく大きな条件だろうね。 ――諏訪さんは46歳での選抜です。 ◆宇宙では肉体的に特別な能力など何にも要求されない。年齢なんて関係ないね。 基本的には体に異常がなく、特有の疾患がないこと。あとは無重力空間への順応性など体の質だね。 身体的能力が高くなければならないというのは、宇宙飛行士を英雄的に作ろうとする過去のイメージの残像でしかないよ。 ――秋山さんも47歳から訓練を受けました。しんどさはありませんでしたか。 ◆しんどかったのはロシア語に慣れることだけだったね。全く初めてで、しかも教員は英語を話せないから、授業はロシア語。 だから全部黒板に書いてもらって、しかも筆記体で、それを一生懸命忠実に写した。部屋に戻ってから辞書を引いて、「ああこういう話らしい」と理解していた。 肉体的面からのしんどさはなかったよ。宇宙では宇宙酔いはしたけど、3日くらいで治った。しんどさはなかったね。 ――宇宙に行って率直に良かったですか。 ◆面白かったよ。宇宙開発ではなくて、テレビという歴史の中で中継のインパクトを与えられたからね。 リアルタイムで時間を共有するというのがテレビの本質だと俺は思う。 テレビによる宇宙からの生中継を見た33年後、当時中学生だった諏訪さんが宇宙に行きたいという夢を育んで(選ばれた)というのは、眠っていた種が芽吹いたような気持ちになって、うれしいね。 ――また宇…この記事は有料記事です。残り2808文字(全文4019文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>