映画の推し事:圧倒的な坂口健太郎 殺人事件に浮かぶ愛 「私はあなたを知らない、」

Wait 5 sec.

「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions 「13年前、母を殺した人に会いに行く」 日常ではあり得ない、あってはならないシチュエーション。一体どんな殺伐とした空気の作品なんだろう。 そんな私のひそかな覚悟とは裏腹に、ほのぼのとした温かい時間が描かれていく。「こんなにも普通の日々を送っているのに、なぜ殺人が?」。そう思ったのもつかの間、ヒヤッと冷気が漂うような瞬間が訪れる。 中野量太監督が、国内の賞レースを沸かせた「湯を沸かすほどの熱い愛」以来10年ぶりに完全オリジナル脚本で挑んだ最新作「私はあなたを知らない、」。Advertisement「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions 俳優陣の細やかな表情の変化と巧妙に組み上げられたストーリーによって、私の中の「正解」や「家族」の定義は、じりじりと揺さぶられていく。天涯孤独の男が家族を知る 28歳独身の西山夕平(坂口健太郎)は粛々と働き、自分で決めたルーティンの生活の中で淡々と暮らしている。天涯孤独の身でありながらも、その環境を寂しいとも感じずに生きてきた。 そんな夕平だったが、職場に現れた新しいパート職員、紗月(堀田真由)との出会いで毎日が変わっていく。太陽のように明るい紗月と過ごす日々に生きる喜びを感じていたちょうどその頃、思いもよらぬ告白を受ける。「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions 彼女はシングルマザーで、5歳の娘朝子(倉田瑛茉)と暮らしていたのだ。初めは戸惑いながらも、紗月と朝子によって「家族」の温かさを知った夕平は心を開放していくが……。自分の「日常」まで重ねてた あきれるほどピュアで不器用な夕平と、娘を不自由なく育てようと奮闘する紗月。2人は自然とひかれ合い恋に落ちる。そして、朝子を大切に思えば思うほど、夕平は価値観の隔たりや気持ちのすれ違いに翻弄(ほんろう)されていく。 決して派手ではないラブストーリー。小さな幸せをひとつずつ積み上げようとする姿は、どこか身に覚えのあるものですらあった。だからこそ、夕平の空回りする行動や、紗月の思いやりのなさに歯がゆさを感じながらも、それぞれの気持ちに共感してしまう自分がいた。 余裕のなさから角が立ち、悲しさと怒りが混ざった変な笑顔になってしまうような会話だって、あまりにリアルだった。気づけば私は、自分自身の「日常」まで重ねていた。「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions それほど身近に感じたからこそ不思議だった。この3人に、どうして残酷な運命が待ち受けているんだろう、と。交わるはずのない2人 時を経て、大学生になった朝子(早瀬憩)は、殺人の真実と当時の記憶を探すため、服役中の夕平に会いにいく。 母親を殺した男と、被害者の娘。本来なら交わるはずのない2人が対面した瞬間、これまで温かかった物語の空気が一変し、私は息をのんだ。それまでの日常とはかけ離れた面会室という異質な空間が、取り返しのつかない出来事があったことをいや応なく再認識させる。「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions 過去と現在を行き交いながら真相を追っていく中でも、この面会のシーンは物語の重要な軸となる。 やはり、坂口健太郎の演技は圧倒的だった。目線、指先や筋肉のわずかな動き、呼吸の細部にまで神経を行き届かせ、夕平の複雑な心境を奥行きをもって表現する。 私が朝子だったら、母を殺した夕平を前に何を聞けるだろうか。その言葉や行動を信じられるだろうか。思いつく限りの言葉で彼を責め立ててしまうかもしれない。いや、怖くて何もできず、遠くから恨み続けたかもしれない。「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions たった1人で夕平と対峙(たいじ)する朝子の姿を見ていると、憎しみや恐怖を超えていくほどの「知りたいこと」がそこにあるのだと思えた。誰も置き去りにしない中野量太監督 これまで「家族」に焦点を当てた作品を撮ってきた中野監督が、初めて「人を殺(あや)める」ことに向き合ったという今作。 しかし、殺人を表面的に捉えはしない。そこに至るまでに交差した何人もの人生と感情を丁寧に映し出すことで、サスペンスの緊張感とヒューマンドラマの温かさを絶妙なバランスで成立させた。「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions 説明しすぎないのに、登場人物たちの心情がしっかりと伝わってくる。これは、キャラクラーそれぞれにこれでもかというほど愛情を注ぐ中野監督の作品に共通する特徴だ。 「湯を沸かすほどの熱い愛」でも、突然姿を消して家族を振り回した父親を、そのだらしなさも含めていとおしく、最後には頼もしく思える存在として描き上げた。 全員に光を当て、誰ひとりとして置き去りにしない中野監督の愛ある演出と、それに見事に応える役者たち。だからこそ、見る側もまた簡単には割り切れない感情を抱えたまま物語を見つめることになる。純粋すぎる思いは狂気にもなる 中野監督は、「殺人」という極めて非日常的な出来事を、今作ではあえて日常の延長線上に置く。そうした構図に、普段は見えにくい「愛」の輪郭が鮮明に浮かび上がってくるように感じた。「私はあなたを知らない、」ⒸIDKYPs.Pyramide Productions 「殺した人」と「殺された人」、「加害者」と「被害者」。そんな言葉だけでは決して切り分けられない、それぞれの人生と愛情がこの物語にはあった。 愛しているから言えないこと、言ってはいけないことがある。互いを大切に思うほど、その愛情がすれ違ってしまうこともある。純粋すぎる思いは、時には狂気になり得ることもまた悲しい事実。 夕平も紗月も朝子も孤独を抱え、よりどころを必要としながら一生懸命に理想の「家族」や「愛」を、「正解」を追い求めた。きっと、誰も悪くない。だから、この惨劇はあまりにも残酷だった。 冒頭で感じた「なぜ、こんな日常から殺人が起きるのか」という疑問は、「人を愛するとはどういうことなのか」という問いに変わっていった。その答えはきっと人の数だけあるのだろう。 この話の続きを生きていく夕平と朝子に思いをはせながら、私は自分自身の「日常」へ視線を戻す。映画を見る前よりも、大切な人の存在が際立っているような気がした。(波多野菜央)