その海岸は悲劇の地だった 25歳写真家がたどった「伏龍」秘史

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毎日新聞 2026/8/12 06:00(最終更新 8/12 06:00) 有料記事 1727文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷写真集「-・・」に収録されている「伏龍」の訓練場所となった野比海岸の写真=©Kanade Hamamoto 10代のころ遊び場にしていた海に、過酷な訓練で命を落とした少年兵たちがいた。 太平洋戦争末期、旧日本海軍が極秘裏に編成した「伏龍(ふくりゅう)特攻隊」。 横浜市出身の写真家、濵本奏さん(25)は、悲劇の現場となった海岸で彼らが目にした景色をたどり、一冊の写真集にまとめた。 知られざる歴史を「若い世代にも知ってほしい」との願いを込めて。主力は10代の少年兵 1945年夏。絶望的な戦況の中で本土決戦に備え、海軍が編み出したのが「伏龍」と呼ばれる人間機雷だった。 重さ約70キロの潜水具を身につけて海底に潜み、竹棒の先に付けた機雷で突いて敵の船を爆破する。 主力は10代の少年兵たち。成功すれば本人も爆死する非人道的な作戦だった。 結局、出撃せずに終戦を迎えたが、神奈川県横須賀市の野比海岸で行われた訓練では多くの命が失われた。 犠牲者について、当時の医官や隊関係者は「毎日1~2人出た」「50人を超す」といった証言を残しているが、詳しい資料がなく正確な数は分かっていない。 濵本さんは数年前、地元の友人から鎌倉市に「出撃基地の遺構がある」と聞き、初めて伏龍の存在を知った。 訓練死が相次いだ野比海岸は、かつて友人と沿岸を車で走り、海を眺めた場所だった。 美しい海や砂浜。自然は変わらずそこにあるのに、人間だけが殺し合いをし、海に潜ってまで特攻する――。異常だと感じた。 遺体の収容ができていない死者がいることも気になった。 「写真を撮れば、彼らが写り込んでいるかもしれない。そう思ったときに『自分ごと』になった」。歴史を残さなければいけない、と使命感に駆られた。評価された「新世代の感覚」 隊員の体験記を手がかりに現場を撮影して回り、2025年8月、写真集「―・・」(チョー タン タン)を自ら出版した。 タイトルは、隊員が訓練で…この記事は有料記事です。残り961文字(全文1727文字) 濵本奏さんの写真集「―・・」(チョー タン タン)は8月上旬に増刷され、「真珠出版」の通販サイトや一部の取扱書店から購入できる。あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>