毎日新聞 2026/8/8 06:00(最終更新 8/8 06:00) 有料記事 2435文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷祖父の体験や二重被爆について講話する原田小鈴さん=青森市で2026年6月27日、尾形有菜撮影 広島と長崎で米軍が投下した原爆に2度遭った「二重被爆」。その人数や被害の全容は、81年を経た今も明らかになっていない。おじいちゃんはなぜ2度被爆したのか。国内で初めて二重被爆者と認められた山口彊(つとむ)さん(2010年に93歳で死去)の孫で、遺族らの団体を設立した原田小鈴さん(51)は今年、二重被爆の当事者を訪ね歩いている。 「二重被爆者は何人いたか、しっかりした記録を国は残していない。記録を残さなければ、なかったことになってしまう」。6月下旬、原田さんは青森市で講演し、「二重被爆 遺族友の会」の設立について説明した。 祖父の山口さんは、三菱重工長崎造船所の設計技師をしていた29歳の時、設計応援のため1945年5月から広島に出張。出張最終日の8月6日に、爆心地から約3キロの広島市の路上で被爆した。髪の毛は全て燃えて左半身にやけどを負い、左耳の聴力も失った。列車で長崎の自宅に戻った翌日、出勤した長崎造船所(爆心地から約3キロ)で再び被爆した。両方の被爆場所記録を…晩年に要請 当初交付された被爆者健康手帳には、被爆場所として広島の記述もあったが、更新の際に長崎市での被爆のみの記載になった。晩年、「二重被爆の事実を証明する公的記録がなくなる」として…この記事は有料記事です。残り1904文字(全文2435文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>