ハンセン病「強制隔離」廃止30年 迫る入所者ゼロ、消えぬ偏見

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毎日新聞 2026/8/13 15:00(最終更新 8/13 15:00) 有料記事 3324文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷全国の国立ハンセン病療養所で最少の6人の入所者が生活する「奄美和光園」。園内の居住棟はシャッターが閉まり、空き部屋が目立っていた=鹿児島県奄美市で2026年5月17日午後2時45分、栗栖由喜撮影 ハンセン病患者の強制隔離を定めた「らい予防法」の廃止から30年が過ぎた。 全国13の国立療養所の入所者総数は大幅に減り、差別の歴史と教訓を後世にどう伝えるかが課題となっている。 一方、元患者やその家族がいまだに差別や偏見に苦しむ現状もある。 共生社会の実現は、なお道半ばだ。 <主な内容> ・療養所「活用」成功でもつきまとう不安 ・後絶たぬ再入所の理由 ・自己紹介は「原告番号190番」 ・補償は対象者の38% 鹿児島県・奄美大島の中心部から車で約5分。国立ハンセン病療養所「奄美和光園」(奄美市)の居住棟はシャッターの閉まった空き部屋が目立っていた。 2025年に入所者3人が亡くなり、全国13の国立療養所で最少の6人が暮らす。最高齢は92歳。「入所者ゼロ」となる日が最も近い療養所と言われる。 一方で和光園は「地域医療の要」としての顔も持つ。11年から皮膚科専門医のいる病院となり、一般外来で年間約3000人が受診。完全予約制で、新規予約は1カ月先まで埋まっている状況だ。活用しながら伝承する施設に 和光園で5月に開かれたハンセン病市民学会に登壇した「全国ハンセン病療養所入所者協議会」(全療協)の屋猛司(おくたけし)会長(84)は訴えた。 「差別の歴史を後世に伝えるため、入所者がゼロになっても国の責任で療養所を残すべきだ。将来にわたり地域で活用できる施設にすることが重要だ」 かつて、患者を強制隔離する場だった療養所。ハンセン病は「らい菌」による慢性感染症で病原性は低かったが、国は明治時代から隔離政策を開始。戦後に化学療法が確立しても、根拠法の「らい予防法」を1996年に廃止するまで約90年間、隔離を続けた。 元患者らが起こした国家賠償請求訴訟で、01年の熊本地裁判決は同法を憲法違反と認めて賠償を命じた。 国は09年、ハンセン病問題基本法を施行した。療養所の地域開放も盛り込まれ、各地の療養所は人権を学び共生する場などの将来構想を検討。保育所や福祉施設の誘致が進んだ。和光園はその最たる例だ。存続への険しい道 一方、へき地に造られたゆえ、苦戦する療養所もある。 静岡県御殿場市の「駿河療養所」は10年、福祉施設の整備を計画したが、山中の園までは市街地からバスが通っていないなど交通の便の悪さが影響し、難航。市や入所者自治会が計画の見直しを協議している。 和光園など、地域との共存の道筋を見いだした療養所であっても不安要素は残る。というのも、…この記事は有料記事です。残り2296文字(全文3324文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>