「核のない世界を」訴え70年 日本被団協、結成の地・長崎で声明

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朝日新聞記事2026年8月10日 11時53分興津洋樹日本原水爆被害者団体協議会が結成70年を迎え、会見であいさつをする代表委員の田中熙巳さん=2026年8月10日午前10時16分、長崎市、日吉健吾撮影 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は10日、結成から70年を迎え、70周年声明を発表した。声明では「被爆者が願い続けてきた『核兵器も戦争もない人間社会』を築くのは、世界の市民ひとりひとりです。私たちは残されたいのちの限り訴え続けます。共に闘ってまいりましょう」と訴えた。 「ふたたび世界への挨拶(あいさつ)」と題した声明は、結成の地、長崎市で同日開いた記者会見で発表した。 日本被団協は1956年8月10日に結成。「世界への挨拶」として「私たちは自らを救うとともに、私たちの体験を通して人類の危機を救おう」と宣言した。 70周年声明では、結成大会の声明を紹介し、「あれから70年間、私たち被爆者は、世界中のだれにも自分たちと同じ経験をさせたくない、ふたたび被爆者をつくらせてはならないと、体験を語り、核兵器の廃絶を訴え続けてきた」と振り返り、「『人類の危機を救おう』と立ち上がった先人らの誓いと共に、未来への伝言といたします」とした。代表委員・田中熙巳さん「2世や支援者ともっと協力」 70年前の8月10日。当時大学生だった長崎原爆の被爆者、田中熙巳(てるみ)さん(94)は郷里の長崎市にいた。 「私たちの体験を通して人類の危機を救おうという決意を誓い合ったのであります」 目の前で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の結成が宣言された。「結成に立ち会い、70年も経つなんて感慨深い」と振り返る。 運動に本格的に関わり始めたのは、その十数年後から。約20年にわたり事務局長を務め、2017年からは代表委員として組織を牽引(けんいん)してきた。 日本被団協は核兵器廃絶と原爆被害者への国家補償を求めてきた。21年には核兵器禁止条約が発効。24年にはノーベル平和賞を受賞した。 だが、近年の国際情勢はむしろ緊張感を増しているように見える。「戦争を好む、世界の安定を嫌う人たちがいる」と危惧する。 9日の平和祈念式典。黙禱(もくとう)の際、黒こげになった親戚、水に浮かんだ多数の遺体がまぶたの裏に浮かんだ。あの日のことを直接知る被爆者は少なくなったが、活動に終わりはない。 「被爆2世や支援者ともっと協力し、世界に訴えていかなければ」【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちらこの記事を書いた人興津洋樹西部報道センター|平和 安保 交通 原発専門・関心分野人権、平和、戦跡、歴史、福祉関連トピック・ジャンル関連ニュースこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ8月10日 (月)熊本地震、子どもの居場所はパチンコ店で車内放置506人大学入試に「男子枠」8月9日 (日)長崎、きょう被爆81年フラット35 年3.29%少年ジャンプ100万部割れ8月8日 (土)外国人受け入れ制限 可否検討食料自給率最低 37.11%福岡県「職員守る」条例案8月7日 (金)広島、原爆投下から81年耐震化率 全国平均46.8%レイバン値引き制限の疑いトップニューストップページへ台風15号、11日に上陸のコース 東北~関東から西進、本州横断か11:30消費減税、2年後の「鬼門」 財務官僚「嫌われても政権支えるしか」11:30住宅街のプレハブに遺体冷蔵庫 自治体に営業 忍び寄る無縁ビジネス7:00山形新幹線とクマが衝突 30分運転見合わせ、乗員乗客にけがなし10:26「悪名」旅田卓宗氏は再び街頭に 記者が見た81歳への応援と拒否感0:13中学受験で「御三家」に、6年後に有名私大へ 抱え続けたある違和感10:00