みんなの高校野球:31年ぶり出場の享栄とは 監督は宿敵から異例の転身 甲子園

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みんなの高校野球長宗拓弥吉川雄飛毎日新聞 2026/8/11 06:30(最終更新 8/11 06:30) 1269文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷甲子園出場を決め、大藤敏行監督を胴上げする享栄の選手たち=バンテリンドームナゴヤで2026年7月28日、山崎一輝撮影 全国高校野球選手権大会は大会第7日の11日、31年ぶり出場の愛知代表の享栄が登場する。 強豪がひしめき、春夏の甲子園大会で実績を残してきた激戦区・愛知を代表する「私学4強」の一角。一方、近年は中京大中京、東邦、愛工大名電にリードされ、長く甲子園への道を閉ざされてきた。長年のブランクを埋めた背景にはライバル校から異例の転身を遂げた指導者の姿があった。1928年創部の伝統校 名古屋市にある男女共学の私立校で、野球部は28年に創部された。春は第10回大会(33年)、夏は第20回大会(34年)に初出場した。以降、春夏計19回甲子園に出場し、戦後に5度の8強入り。この間、プロ野球で前人未到の通算400勝を挙げた金田正一さん(故人)や、高卒1年目のプロ初登板で無安打無得点試合を達成した近藤真市さん(元中日)、2000安打を達成した大島洋平選手(中日)らを輩出してきた。Advertisement中京大中京から… 月日は流れ、夏は第77回大会(95年)、春は第72回大会(00年)を最後に甲子園から遠ざかった。いつしか「私学3強」の言葉も聞こえるようになる中、チームは18年夏に改革に踏み切った。長く率いたOBの柴垣旭延・前監督が勇退し、中京大中京を09年夏に日本一に導いた実績がある大藤敏行監督(64)を招へいした。 大藤監督は28歳で母校の中京大中京の監督に就任し、97年春に準優勝、エースで4番の堂林翔太選手(広島)を擁した09年夏には43年ぶりの優勝へ導くなど手腕を発揮した。10年に監督を退任し、高校日本代表のヘッドコーチなどを担ってきた。 「定年の65歳まであと10年。もう一度、生徒と一緒に泥だらけになりたいと思った」 もうひと花咲かせるべく、ライバル校から移ったが、一筋縄にはいかなかった。甲子園にあと一歩届かない年が続き、23年夏の愛知大会準々決勝では愛工大名電に0-10のコールド負け。翌年夏には教え子が率いる名古屋たちばなに初戦敗退の屈辱も味わった。開会式で入場行進する享栄の選手たち=阪神甲子園球場で2026年8月5日、渡部直樹撮影 大藤監督は「最初は自分の色というか、自分がやってきたことを、と思っていたんですけど、時代もありますし、(新型)コロナもあって、選手の気質もずいぶん変わった。生徒の特性に合わせた指導をしていかないと(いけない)。試行錯誤の8年間だった」と振り返る。6人が最速140キロ超 雌伏の時を経て、古豪復活への機が熟したのが今年の世代だ。投打二刀流の坂本亮太選手(3年)や、右腕・上江滝拓未投手(3年)ら最速140キロ超の直球を誇る投手を6人も擁する。今夏の愛知大会では5回戦で今春センバツ4強の中京大中京に4―1で勝利すると、決勝では愛工大名電を4―1で破った。6試合で8失点と安定した戦いぶりで頂点に立った。 大藤監督は「古いOBが泣いていたり、地元が盛り上がったりしたのを見て、これだけ期待されているんだなと感じた。4強で一つだけ取り残された形だったので良かったなと思う」と語る。 同じく激戦区を勝ち上がった履正社(大阪)とぶつかる2回戦は初戦屈指の注目カードだ。【長宗拓弥、吉川雄飛】【前の記事】トミー・ジョンから復帰 敦賀気比の2人が選んだ道 夏の甲子園関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>