毎日新聞 2026/8/14 08:00(最終更新 8/14 08:00) 有料記事 2107文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷台湾ドラマ「波の音色」Ⓒ 2024 Public Television Service Foundation 太平洋戦争末期、日本が占領していたボルネオ島の北部(現マレーシア)で捕虜監視員になった台湾出身日本軍人・軍属たちの苦悩を見つめた台湾ドラマ「波の音色」(全5話)が終戦の日の15日から、動画配信サービス「U―NEXT」で始まる。戦後はオーストラリアの軍事法廷で捕虜虐待の罪を問われて戦犯として裁かれる台湾出身3兄弟の運命を描く。来日した孫介珩(スンジエハン)監督と脚本家の蔡雨氛(ツァイユーフェン)氏が思いを語った。 ドラマはフィクションだが、史実に基づき台湾出身軍人・軍属の体験を盛り込んだ。そこには時代の荒波に翻弄(ほんろう)され、揺れ続けた台湾の人々のアイデンティティーが見えてくる。通底するのは「私たちは何者なのか」という問いだ。台湾では2024年に公共テレビで放映され、大きな反響を呼んだ。 きっかけは18年、台北市の中山堂(旧台北公会堂)で見た写真だった。1945年10月25日、敗戦した日本から中華民国の代表者に降伏文書が手渡された場面。降伏式はまさにその建物で行われた。孫監督は「台湾人はそれまで日本人だったのに突如、中華民国の人間となった。式にいた台湾人はどう感じたのか。すごく気になった」と明かす。 蔡氏は「皆でこの時代を描けないかと話し合い、歴史を調べ始めた」と語る。まず約3年間かけて大量の資料を読みあさった。「戦争体験者の口述記録や論文、日本側の資料や戦犯裁判記録も調べた。それでも書物だけではイメージがつかめなかったので現地に飛んだ」。孫監督らは22年6月、ボルネオ島にロケに行った。空を覆うジャングルの木々、むせ返るような湿気、見たこともない動植物……。まるで異世界だった。 撮影では台湾南部・高雄にジャングルのセットを設営。捕虜収容所の建材や小道具など細部にまで、リアリティーを追求した。 台湾人俳優たちが話す日本語にもこだわった。主役を演じる呉翰林(ウーハンリン)さんら3人を東京・狛江で1カ月ほど合宿させ、日本語を猛特訓した。孫監督は「言葉を学ぶ上で環境は大事。日本を学び、役作りのヒントにしてほしかった。支え合って暮らし、時にはけんかをして兄弟のような感情を育んでほしかった」と語る。3人とも日本語はあいさつ程度だったが「皇民化教育の時代、戦時中に使われていた日本語を流ちょうに話せるレベルを要求した」と話す。 ドラマでは、3兄弟は…この記事は有料記事です。残り1122文字(全文2107文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>