特派員の目毎日新聞 2026/8/9 16:00(最終更新 8/9 16:00) 914文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷米独立宣言が採択された独立記念館=米東部フィラデルフィアで2026年6月4日午前10時54分、平野光芳撮影 米国は7月4日、建国250周年を迎えた。現地で関連取材をしていて感じるのは米国人の「独立宣言」への愛だ。 そもそも米独立記念日は、英国との独立戦争が始まった日や、それに勝利した日ではない。世界で絶対王制や封建制、身分制が当たり前だった1776年に、「全ての人は平等につくられ、生命・自由・幸福の追求といった奪われることのない権利がある」とうたった独立宣言が採択された日である。Advertisement 今でも米国人が「米国とは何か」を問う時、立ち返るのは独立宣言の文言や成立の過程だ。例えば、政府とキリスト教の関係。宣言に署名した56人全員が基本的にはキリスト教徒だったが、宗派や信仰への向き合い方は人さまざまだった。プロテスタントだけでなく、当時の米植民地では危険視されることもあったカトリック教徒も1人いた。建国の父たちがなぜキリスト教を国教にしなかったのか。その理由を考えることは、現在の政教分離の原則を考える上でも欠かせない。こんな感じで現代のあらゆる問題が、独立宣言との関連で論じられる。米独立宣言や合衆国憲法への署名を記念する銅像=米東部フィラデルフィアで2026年6月4日午後0時36分、平野光芳撮影 宣言のリベラルな考え方は、米外交を通じて世界にも影響を与えてきた。米シンクタンク「ブルッキングス研究所」のメラニー・シソン上級研究員は6月にあった同研究所のイベントで、宣言が米外交に顕著に影響した例を問われると、「日本とドイツの戦後統治」を挙げた。「(日独の)憲法は米独立宣言の建国原則から直接影響を受けて作られた。米国は実現のため長期的な努力をした」 米国は17世紀以降に欧州から渡ってきた移民が主体となって造った「新しい国」と言われる。しかし、国家の体制が大きく変わらずに250年も続いているという意味では非常に「古い国」だ。日本は当時、江戸時代中期。その後、明治維新や第二次大戦敗戦で、統治の仕組みは2度、激変している。それだけに米国人が250年前の文書を古文書ではなく、「生きた文書」として論じているのはとても興味深い。宣言には憲法のような改正手続きもないから、真意を巡る議論はこの先ずっと続くだろう。まるで聖書や論語のような扱いだ。 米国人とは何か。あえて一言で言うなら「独立宣言とは何かを問い続ける人」なのだと思う。【ワシントン平野光芳】【前の記事】反逆者か、戦神か 林彪の矛盾と未完の文化大革命=河津啓介関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>