平野家霊廟、町文化財に 長泰登場の「豊臣兄弟!」に合わせ 奈良

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毎日新聞 2026/8/1 13:15(最終更新 8/1 13:15) 663文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷平野家9代長発をまつる「廣徳院廟霊屋」(左)と2代長勝の「本覚院廟霊屋」=奈良県田原本町教育委員会提供 奈良県田原本町教育委員会は7月14日、江戸時代に同町周辺の十市郡を治めた旗本・平野家の霊廟(れいびょう)など同家菩提(ぼだい)寺・本誓寺の建築4件を町文化財に指定した。平野家初代の長泰は豊臣秀吉の腹心で、「賤(しず)ケ岳の戦い」(1583年)で武功を上げて「七本槍」と称された。町教委は長泰も登場するNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」に合わせて指定を行った。 長泰は賤ケ岳の武功などで十市郡に5000石の領地を与えられた。関ケ原の戦いでは徳川方についたため、平野家は江戸時代も存続し、そのまま幕末まで旗本として十市郡を治めた。Advertisement 町文化財に指定されたのは、2代長勝をまつる「本覚院廟霊屋(ほんがくいんびょうおたまや)」(1717年)と、9代長発(ながゆき)の「廣徳院(こうとくいん)廟霊屋」(1855年)。いずれも瓦ぶき木造建築で、正面に参拝者用の屋根「向拝(こうはい)」がついた典型的な霊廟建築。 霊廟がある本誓寺は浄土宗の寺院で17世紀後半、2代長勝が建立した。長勝も長発も領地で亡くなったため、同寺に墓があり、その覆屋として霊廟が建てられた。また、町教委は本誓寺の山門と霊廟門も文化財に指定した。山門は唯一現存する寺建立当初の建築。10月から企画展 「豊臣兄弟!」にちなむ事業として、町教委は関連資料を展示する企画展「平野家は残った」(仮題)も10月17日~12月6日、町内の唐古・鍵考古学ミュージアムで開催予定。文化財指定された霊廟の拝観は無料だが、本誓寺(0744・32・2508)に事前申し込みが必要。【皆木成実】あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>