毎日新聞 2026/8/2 06:45(最終更新 8/2 06:45) 有料記事 1020文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷新居で取材に応じる古山さん。新生活への期待感を笑顔で語った=新潟市内で2026年7月10日午後2時41分、浜田奈美撮影 この病気になっていなければ、違う人生があったはずだ――。国や責任企業にそう訴え続ける新潟水俣病患者で唯一の胎児性水俣病に認定されている古山知恵子さん(61)にとって、長年の悲願だった「一人暮らし」がついに実現した。古山さんの引っ越しを取材した。 7月上旬、新潟市内の閑静なエリアに建つ賃貸マンションの一室を訪ねると、古山さんは新たな暮らしに向けた準備を続けていた。支援者の萩野直路さんのつてで見つけた物件で、自室玄関や風呂・トイレなどがバリアフリー仕様になっている。 訪ねると部屋の至る所に荷物の入った段ボール箱が積まれていた。部屋の印象は「しゅうのうがたくさんあってよかった」。筆談で答える古山さんは満面の笑みだ。 水俣病の影響で生活に一定の介助を必要とする古山さんは、十数年前から実家を離れて障害者入所施設で暮らしてきた。しかし、20代から「一人暮らしがしたい」と願い続けていた。 養護学校卒業後に通所した就労施設の仲間たちの姿が背中を押したという。「じりつしてるひとたち。しょうがいしゃうんどうをするひと。しげきをうけた」と古山さん。歩行が困難でも電動車椅子を利用することで活動域が広がることも、当時の仲間が教えてくれた。 実際に古山さんはとても活発だ。映画など芸術鑑賞が大好きで、大ファンという野村萬斎さんの新潟公演は、コロナ禍前まで欠かさず見に行った。最近のお気に入りは映画「国宝」。約3時間の大作だが、感動のあまり、映画館に2度足を運んだという。 引っ越し準備中も、介護タクシーを利用して一人でホームセンターに出向き、売り場を車椅子で移動しながら必要な生活用品を買い求めていた。心境を尋ねると「ひっこしはたいへん」。そう書きつつ、新鮮な時間を楽しんでいる様子だった。 約40年の時を経て、悲願が実現した背景の一つに、…この記事は有料記事です。残り255文字(全文1020文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>