みんなの高校野球インタビュー 高橋広之毎日新聞 2026/7/31 06:01(最終更新 7/31 06:01) 有料記事 2517文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷岐阜聖徳学園大の横山温大選手は、県岐阜商で甲子園出場をかなえた高校野球生活で支えとなった言葉を色紙にしたためた=岐阜市で2026年6月17日午後7時40分、高橋広之撮影 生まれつき左手の指がなく、右手1本でバットを握る。左手は添えるように構えた。守備では、捕球後にグラブを取るとすぐに右手でボールを握り直し、送球する。 昨夏の甲子園で躍進した県岐阜商の中で、特に存在感を放ったのは横山温大(はると)外野手(岐阜聖徳学園大)だった。 高校はボール拾いからのスタート。3年夏の輝かしい姿にたどり着くまでは、人の倍以上の努力があった。高校野球生活を振り返り、今後の目標を語った。【聞き手・高橋広之】 横山選手が「想定内」で勝った横浜戦を振り返ったインタビュー前編はこちら 昨夏に活躍した5人の選手が「あの夏」と今について、インタビューで語りました。 ①京都国際・西村一毅 ②横浜・阿部葉太 ③県岐阜商・横山温大 ④豊橋中央・高橋大喜地 8月1日配信予定 ⑤仙台育英・吉川陽大 8月2日配信予定「Bチームにも入ってませんでした」 ――入学時は投手で、1年生の秋に外野に転向しました。 ◆そうですね。1年生の秋に、投手として、球速が出ないなど思うような結果が出せませんでした。中学生では投打のどちらも得意で、打者に自信はあったので、少しずつ練習し、自信を持てるようになってから(転向を)言いました。 ――当時の練習ではどのように過ごしていたのでしょうか。 ◆Bチームにも入っていませんでした。Bチームのボール拾いとかノックのボール渡しとかの補助ばかりで、ほぼ練習はしていなくて。練習前のアップとかはチームメートと一緒にこなして、練習は補助がない時や全体練習後にやっていました。 ――当時はどんな思いを持っていましたか。 ◆(周りは)いいなっていう感覚。自分も練習したいなっていう思いはありました。ただ、「やめたいな」とまではあまり気持ちが行かなくて。3年生で勝負するぞっていう気持ちでもいました。でも、2年生になってもなかなか試合には出させてもらえなくて。「本当に大丈…この記事は有料記事です。残り1722文字(全文2517文字)【前の記事】「想定内」で勝った横浜戦 横山が振り返る県岐阜商の旋風関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>