毎日新聞 2026/10/4 08:00(最終更新 10/4 08:00) 有料記事 2177文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷東京都立横網町公園にある関東大震災後に虐殺された朝鮮人の追悼碑。「六千余名」の記述が見える=東京都墨田区で2020年7月16日、中村琢磨撮影 私には1年の特定の日に、必ず行く場所がいくつかある。いずれも日本近現代史上の重要な現場で、10年以上、通い続けている。9月1日の東京都立横網町公園(墨田区)は、必ず訪れる場所の一つだ。 1923年の同日に起きた関東大震災は、死者・行方不明者が10万5000人に及ぶ大惨事となった。そのうちおよそ5万8000人の遺骨が、公園内の慰霊堂に納められている。 初めて訪れたのは2009年だった。慰霊堂内では午前10時から都主催の追悼式がある。慰霊堂のそばには、大震災の混乱中に日本人に虐殺された朝鮮人の追悼碑があり、午前11時から犠牲者の追悼式が営まれる。 私は双方の追悼式に参列してきた。一市民として犠牲者を悼むという気持ちが強かった。集まった人たちと一緒に、静かに手を合わせて黙とうした。 皇族が参列する都の追悼式は、厳重な警備の下で平穏に進められる。朝鮮人の追悼式も16年までは静かに営まれていた。様子が変わったのが17年。「そよ風」という団体が、追悼碑から20メートルほど離れたあずまやで、朝鮮人の追悼式と同じ時間帯に独自の「慰霊祭」を始めた。碑に刻まれている、6000人余りという犠牲者の人数について「捏造(ねつぞう)だ」と主張した。 18年も「慰霊祭」が行われた。19年には朝鮮人の追悼式の会場との間に柵が設置され、多数の警官が警戒する物々しい雰囲気に包まれた。そよ風側の参加者はマイクを使って大音量で「朝鮮人による暴動や放火」といった大震災当時のデマを事実だと主張し、「犯人は不逞(ふてい)朝鮮人」などと言い募った。ヘイトスピーチに認定「こんな歴史捏造を放置しておくべきではない」。そう思った私は、同僚の後藤由耶記者とともに…この記事は有料記事です。残り1461文字(全文2177文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>