力士から作風細やかな陶芸家に 自力で腕磨き「今が一番楽しい」

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毎日新聞 2026/6/13 13:15(最終更新 6/13 13:15) 776文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ろくろを回して成形する城野豊三さん=福岡県福智町で2026年5月19日、井上和也撮影写真一覧 使う人の立場に立った細やかな作陶が信条だ。福岡県福智町上野(あがの)にある上野焼「城之(じょうの)窯」の窯元、城野豊三さん(61)は、角界からこの道に入り、約40年になる。 15歳で中学を卒業すると同時に佐渡ケ嶽部屋に入門した。しこ名は「琴乃國(ことのくに)」。だが、まわしをつけた2年後、稽古(けいこ)中に膝を痛め、序二段十数枚目で土俵を降りることになった。Advertisement 地元に戻り、知人の紹介で上野焼の共同窯がある作業所に通い始めた。 上野焼は江戸時代に茶道具として作られたのが始まりで、400年を超える歴史がある。1983年に国の伝統的工芸品に指定された。薄作りで軽いのが特徴とされる。 作業所が約3年半後に倒産してからは、他のところで修業を積むのではなく、覚悟の上で自分の力で腕を磨く道を選んだ。力士時代に培った忍耐強さが支えとなった。 城之窯を始めたころは「体もでかいから、でかいのを作ってみよう」とつぼや傘立てなど大型の作品が多かった。やがて「大きい、形が奇抜というよりも、主婦層の使いやすさや水屋に直しやすいものを」と意識するようになった。 釉薬(ゆうやく)の成分や焼き上げる温度の微妙な違いで色が変わるが、城之窯の陶器はピンクがかった藤色とブルーを主としている。土をこねてから完成まで1~3カ月。年間約5000個ずつ、21歳から重ねた作陶は計20万個ほどになった。 25年9月から約4カ月、初めて入退院を繰り返した。焼き物が作れて、交流のある陶芸家たちと関われることに「生きとる意味があるのかな」と感じ、「今が一番楽しい」と話す。 全国の窯元たちが商品を展示するイベントでは、10~20代の人たちからも焼き物に関心が集まってきていると実感する。「家庭で使ってもらって『助かった』『いいね』と言われる物を作りたい。命ある限り頑張ります」【井上和也】あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>