2024年6月5日の朝刊=大阪市北区で2026年5月27日午後4時35分、渡部直樹撮影写真一覧 家族の介護や世話に追われる「ヤングケアラー」の支援を明文化した改正子ども・若者育成支援推進法(ヤングケアラー支援法)が2024年に施行されてから12日で2年を迎えた。 これを機に、ヤングケアラーの声なき声に光を当てるキャンペーンを続けてきた毎日新聞は、支援の現在地を確かめるために政策担当者や研究者、支援企業らによる座談会を企画した。Advertisement 法改正の背景や現場の課題については、こども家庭庁支援局虐待防止対策課の朝比奈卓企画官と立命館大産業社会学部の斎藤真緒教授が、企業による取り組みについては、製薬会社日本イーライリリーの野村律心・執行役員コミュニケーションズ本部長とヘルスケア流通の最大手、メディパルホールディングスの山本光太郎・執行役員管理本部長がそれぞれ参加した。司会は一連の報道を担当してきた向畑泰司記者が務めた。【安部拓輝】座談会の様子=大阪市北区で2026年5月1日、渡部直樹撮影写真一覧中学2年の17人に1人 支援を必要とする若者はどのような状況にあるのか。 17年から研究プロジェクトを始動させた斎藤さんは「祖母を介護していた学生が『祖母の首を絞めそうな自分が嫌でたまらなかった』と話すのを聞いて、それほど追い詰められているのかと思った」と振り返る。 家族のケアに接すること自体が悪いわけではないが、その負担を子どもが一手に引き受け、やりたいことや自分の将来をあきらめざるをえない状況が問題だと指摘する。 国が21年に公表した実態調査によれば、中学2年の17人に1人、全日制高校2年の24人に1人が「世話をしている家族がいる」と回答した。通信制や定時制高校ではケアとの接点はさらに高まる。 朝比奈さんは「家族の介護で睡眠不足が続いて学校生活に支障が生じていたり、職業選択が狭められたりするような過度なケアに直面している状況は家庭の努力だけで抱えるのではなく、社会で支えるべき課題だという考えが改正法によって示された」と説明する。家族を丸ごと、切れ目なく支える仕組みを 斎藤さんは昨年、立命館大でケアについて考える授業を開設したところ、受講した約60人の学生のうち半数がケアと接点があったという。 「それでも自分をヤングケアラーだと思っている学生は本当に少ない」と斎藤さん。 障害のある人のきょうだい、高齢の親がいる一人っ子……。地方出身で、親の介護を前提に自分の進路を決めている学生も多い。 斎藤さんは「学生たちは『学ばなければ自分のことをヤングケアラーだと思うことも考えることもなかった』と話していた。 ケアによる自己犠牲を自明とせずに、自分の人生を生きる権利があるともっと早い段階から伝えていく必要があるのでは」と投げかける。 授業での配慮や就職の支援など、大学としての取り組みも重要だ。学生の中には「もっと大変なことをしている人のことをヤングケアラーと呼ぶのであって、自分はそうではない」という声もあり、SOSを発信できる環境づくりは依然として課題だという。家族への過度なケアの事例(こども家庭庁提供)写真一覧 メディアを通じてヤングケアラーへの認知が広まる一方で、ヤングケアラーがかわいそうなどとして親やきょうだいへのバッシングにつながるケースもあるが、それが本人や家族を追い詰めたり、相談しにくい状況を招いたりしかねない面がある。 斎藤さんによれば、当事者の中では相談すると児童相談所などが動き、望まない行政介入が生じてしまうのではないかという思いもあるという。 「ヤングケアラーだから支援するというよりも、どんな子ども・若者でも利用できて、家族以外に安心して話せる場所が整備されていくことが大切です」(斎藤さん) 家族のケア負担の影響は18歳以上になっても続くため、政府はおおむね30代までを含む子ども・若者育成支援推進法で法制化することで切れ目なく支援を続けることを明確にした。 こども家庭庁は、18歳未満と18歳以上のヤングケアラーの支援について、都道府県と市区町村の役割を整理して自治体に示している。 斎藤さんは「法改正によって児童福祉、高齢者福祉、障害福祉と行政の垣根を越えて家族まるごと支援していく枠組みができたことは重要な転機になる」と前向きに捉えた上で、「家族のケアにはレスパイト(休息)サービスなど利用できる支援の手立てがある。ケアと距離を取ることができるということを当事者に伝え、家族みんなにとって必要な支援の方法を具現化していくことが大切だ」と話す。 「制度や事業はできているけれども実装はこれから」と話す朝比奈さんは「支援の条例を設ける都道府県や市区町村は増えてきている。財政支援などを充実させて、地域の取り組みを後押ししていきたい」とした。日本イーライリリーは2022年から子ども食堂や児童館などに図書を寄贈している(同社提供)写真一覧広がる企業による橋渡し 法改正と前後して、企業による支援の取り組みも始まっている。 製薬会社の日本イーライリリー(本社・神戸市)は22年から支援団体と連携を始め、子ども食堂や児童館などに図書を寄贈している。同社の営業網を生かし、全国118カ所30都道府県で子どもにもできる料理のレシピ集や、ヤングケアラーへの気づきを促す本などを届けた。 兵庫県内の高校の生徒からは「ぜひうちの学校にも」という申し出があったという。 野村さんは「自分たちの同級生にも困っている人がきっといるから、その助けになりたいという生徒たちの思いに共感した。企業として直接的な支援は難しいが、私たちのネットワークや発信力で支援の橋渡し役を担えれば」と語る。 寄贈先の児童館では、ヤングケアラーについて書いた本を手に取り、「自分と同じだ」と話す子に職員が気づき、支援の相談が始まったケースもあるという。 困難を抱える子どもや家族に声をかけ、支援とつなげるネットワークをつくる動きは病院や調剤薬局にも広がっている。 医薬品や日用品、動物薬などの流通を担うメディパルホールディングス(本社・東京)は日本イーライリリーと連携して、病院や調剤薬局の職員を対象にヤングケアラー支援に関するセミナーを始めた。 病気の治療や介護に関わる親子との接点が生まれやすい医師や看護師、薬剤師らから支援の手立てがあると伝えてもらうことは重要なきっかけの一つになりうる。 山本さんは「医薬品などの安定供給を通じて構築した医療従事者とのネットワークを生かし、認知を広げられたら」と話す。両社が作った啓発冊子を活用したいという希望も寄せられているという。 こうした動きを全国に広げるために、企業同士の連携も進みつつある。メディパルホールディングスはヤングケアラーの支援団体に物流センターの見学会を企画した=24年(同社提供)写真一覧 斎藤さんの元には大手食品会社から支援の申し出や問い合わせも届いており、「経営者団体や大企業ともつながりながら、支援団体とヤングケアラーの橋渡し機能を拡充させていきたい」と考えている。 メディパルホールディングスは24年、当事者や支援団体のスタッフを招いて同社の物流センターの見学会を実施した。 医薬品の入荷から管理、病院や薬局に届けるまでの仕分け作業を説明し、出庫作業も体験してもらった。 山本さんは「この仕事が人々の健やかな暮らしを支えることにつながっていると理解いただけたらうれしい」と話す。 さらに山本さんは「当社では介護経験などのある社員が多様な視点をもって活躍している。家族のケアを得がたい経験として会社に新たな視点をもたらしてもらえたらありがたい」とヤングケアラーの就業へも期待を込める。 就労支援や働き方の支援体制については国も企業の動向を注視している。朝比奈さんは「ヤングケアラーを多様な経験を持つ人材として評価する視点を広げていけたら」と話している。産官学の連携に期待社会部大阪グループ・向畑泰司(司会) 毎日新聞がヤングケアラーに関するキャンペーン報道を始めたのは2020年のことだ。まだ社会でヤングケアラーという言葉自体が認知されておらず、その存在を知ってもらうところからのスタートだった。 学校の役割、地域にできること、行政が果たすべき責任――。取材班の一員として、多角的な視点から支援のあり方を伝えてきたつもりだが、民間企業の役割については、どこかヤングケアラーと距離があるような気がして十分に光を当ててこられなかった側面があった。 しかし、支援法の施行から2年がたち、民間企業による多様な取り組みが着実に広がり始めている。今回の座談会で繰り返し指摘されたのが、民間が持つノウハウを支援に生かしていくことの重要性だ。そこには「公」にはない特色や強みがあると感じた。ヤングケアラーは家庭ごとに事情が異なり、その分、多様で柔軟な支援が求められる。 出席者からはヤングケアラーを単に「かわいそうな子」として捉えるべきではないとの意見が出た。正しい理解を広げるためには、過酷な現実だけではなく、ケアに向き合う意味や喜びにも目を向けていく必要があるだろう。報道機関としての役割を改めて認識するとともに、産官学の連携によって新たな支援のフェーズが切り開かれることを期待したい。ヤングケアラー 慢性的な病気や障害、精神的な問題などがある祖父母、両親、きょうだいなど身近な家族の介護や世話を日常的にしている子ども。負担が重なると、学業や友人関係、進路などに影響が出るとされる。改正法はヤングケアラーを「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」と定義し、国や自治体が支援に努める対象として明記した。自治体の支援の底上げを図る狙いもある。◇こども家庭庁の、相談窓口を検索できるヤングケアラー特設サイトはこちら◇この記事へのご意見やご感想はこちら