マリンワールド海の中道の学芸員(右から2人目)の指導の下、新設されたタッチプールでサメに触れる参加者=福岡市東区で2025年11月8日午前10時56分、竹林静撮影写真一覧 水族館で海の生き物に直接触れることができる「タッチプール」。子どもから大人まで幅広い世代に人気で、体験した人も多いのではないか。このコーナーのあり方に近年、変化がみられる。キーワードは、生き物が心身共に健康で快適に過ごせるよう飼育環境を改善する「動物福祉(アニマルウェルフェア)」――。 「動物福祉の観点からタッチプールを閉鎖します」。福岡市東区にある水族館「マリンワールド海の中道」は10月、来館者に向けてこんな発表をした。Advertisement生き物が衰弱してボロボロに動物福祉の観点から10月で閉鎖された旧タッチプール。来館者がヒトデやウニに自由に触れていた=マリンワールド海の中道提供写真一覧 同館では1989年ごろまでに「たんけんビーチ」と銘打ったタッチプールを設置した。ガラスで隔てた展示が多い水族館で、生き物に直接手で触れる機会は教育効果が高いとされる。直近では水を浅く張った水槽にヒトデやウニといった無脊椎(せきつい)動物などを並べていた。 「生き物を水から出さないで」。来館者向けに注意事項を記した掲示はしていた。だが、子どもらは掲示内容より生き物に目が行きがちだ。スタッフがタッチプールに常駐して見守ることもできない中、一部の来館者がヒトデを手でつかんで水槽の外に持ち上げたり、乱暴に扱ってしまったりすることがあった。 好き放題に触られた生き物へのダメージは避けられなかった。特に来館者が増える夏休み期間などは、衰弱してボロボロの状態に。死んでしまう個体も少なくなく、ヒトデは年間400~500匹を捕獲しては入れ替えて対応していた。獣医師の近藤圭佑さん(36)が「どうしても生き物への負担がかかり、今の時代にそぐわないという結論になった」と振り返る。 国内でタッチプールはいつから親しまれているのか。日本動物園水族館協会(JAZA)に公式の記録はないものの、「水族館学 水族館の望ましい発展のために」(鈴木克美、西源二郎・著、東海大学出版会)によると、兵庫県姫路市立水族館で70年代の初め、タッチング・プールと名づけた施設を作り観覧者の触察を積極的にすすめたとの記述があり、半世紀を超える歴史を重ねてきたことがうかがえる。 一方で、動物福祉に対する意識が高まってきた。世界動物園水族館協会(WAZA)は2020年、タッチプールといった動物との触れ合い体験に関するガイドラインを策定した。JAZAは同年、この内容を国内の会員施設に通知した。 ガイドラインは「ふれあい体験に関わる種や個体を選ぶ際には、年齢、性別、性質を考慮して慎重に評価する必要がある」と明記。安全面で「経験豊富で権限を与えられたスタッフらが必ず全てのふれあい体験を常に監視・指導するように」などと提言し、「種の保全が最も重要なメッセージ・目的でなければならない」としている。形を変えて再スタートした水族館も 福島県いわき市の水族館「アクアマリンふくしま」は24年4月、動物福祉の観点から、教育プログラムなどの例外を除きタッチプールの運用を取りやめた。他でも、同様の理由で学芸員やボランティアがプールの周辺を見守り、触り方を直接指導する形に変更するところが多くなった。 海の中道もその一つで、閉鎖発表から数日後、館内の別の場所で体験イベントを再スタートした。 プール型の水槽(幅2・5メートル、奥行き1・6メートル)にいるのは、正面から見た顔が猫にそっくりなネコザメと、成魚でも体長1メートルほどと小型のテンジクザメが計3匹。参加者の安全に配慮し、サメの中でも歯が鋭くなく比較的おとなしい種を選んだ。タッチプールを体験した後、飼育員の解説を聞きながらサメの標本に触れる参加者(右)=福岡市東区で2025年11月8日午前11時3分、竹林静撮影写真一覧 「人さし指で優しく触ってくださいね」。学芸員は注意を呼びかけながら「頭からしっぽにかけてと、しっぽから頭にかけてで触れる向きを変えると、触り心地が違うのが分かりますか」と体験を促す。ザラザラした「サメ肌」の感触を知った参加者からは歓声が上がった。学芸員は生きたサメだけでなく、顎(あご)や歯、皮といった標本に触れて学ぶ時間も設けた。 サメの負担を考慮し、体験は午前と午後の計2回(各回定員10人)の完全予約制で、参加料(1500円)も設定。学芸員らの目の届く範囲で実施する運用にした。担当の岡村峻佑さん(43)は「ガラス越しでは伝わらない感触が分かり、標本もテレビで見るのと実際に手で触れるのとでは全く違う」と強調。「小型のサメは人を食べない。触りながらそういう発見をしてもらい、水族館が海の生き物に興味・関心を持つための入り口になれば」と話す。 サメの健康状態に配慮した体験の場にするため、トレーニングにも挑んでいる。3匹のサメそれぞれに「♥」「★」「■」の目印を覚えさせ、飼育員が目印のついた板を示した時に近くに寄って来れば餌を与える、というものだ。 近藤さんは「看板を見ても人の近くに寄って来なければ、サメの気分が乗っていないというサイン。この反応を手がかりに、将来はタッチプールに参加するかしないかをサメが選べるようにしたい。参加率が低い個体のデータが集まればふれあい体験から引退させ、一般展示に戻す判断もできるといい」と思い描く。 元水族館職員で水族館展示に詳しい福山大の真田誠至准教授は、動物福祉の考え方は全国で浸透しているとした上で「タッチプールに原則常駐させる解説スタッフの人手確保がネックになっている」と課題を挙げる。一方で「子どもの自然体験が減る中、タッチプールは生き物を身近に感じ、直接触れられる貴重な機会になり得る」とも述べ、「動物福祉と教育をどう両立していくか水族館全体で考えていく必要がある」と提言した。【竹林静】動物福祉(アニマルウェルフェア) 日本動物園水族館協会(JAZA)の定義では、飼育下での個々の動物に適した身体的・心理的な状態を指す。JAZAは会員施設の全ての動物に対し、栄養▽環境▽健康▽行動▽精神状態――の五つについて基準に基づく飼育管理・施設運営を「責務」として規定する。動物とのふれあいに関しては「人と動物双方に対し、有害となる方法での活動を行わないこと」と定めている。