毎日新聞 2025/8/12 19:46(最終更新 8/12 20:01) 有料記事 1535文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ユダヤ人虐殺の犠牲者を慰霊する碑の前で追悼する人=ポーランド北東部イエドバブネで2025年7月13日、宮川裕章撮影 世界は第二次世界大戦をどう総括しているのか。政治や社会、歴史認識が複雑に絡み合う各国の戦争博物館の現場から報告し、戦後80年を迎える日本でも考えたい。ソ連の影響下に置かれたポーランド吉岡潤・津田塾大教授 ポーランドは戦後、長くソ連の影響下に置かれ、第二次世界大戦の歴史は、ナチス・ドイツによる占領・迫害をソ連・共産党が解放、救済したという文脈の中で語られてきた。冷戦が終結し、そのタガが外れると、ソ連による抑圧の過去についても語れるようになり、繰り返し降りかかる苦難を英雄的に克服する歴史としてポーランド史を描く余地が拡大した。 ところが、対外的に広く認知されるようになったのは、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の現場としてのポーランド像だった。欧州連合(EU)加盟を目指していた当時のポーランドは、自民族中心主義的な歴史観を前面に出すことに抑制的でもあった。 そんな中、ナチス占領下のイエドバブネで1941に起きたユダヤ人虐殺事件に、隣人だったポーランド人が主犯格で関わっていたことが2000年に明らかになり、その加害の責任を巡り、大論争が巻き起こった。…この記事は有料記事です。残り1047文字(全文1535文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>