村上春樹作品の「孤独」にひそむ豊かな「つながり」 国際シンポ開催

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毎日新聞 2025/7/13 13:00(最終更新 7/13 13:00) 有料記事 2223文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷第14回村上春樹国際シンポジウムで基調講演する(左から)河合俊雄さん、ジョルジョ・アミトラーノさん、小島基洋さん=京都市左京区の京都大で2025年7月5日、関雄輔撮影 「孤独」や「喪失感」。 そんな言葉で評されることが多い村上春樹さんの作品を「パートナーシップ」という観点から読み直す国際シンポジウムが、今月5、6日、京都大で開かれた。臨床心理学者の河合俊雄さんら3氏が基調講演し、物語に潜むさまざまな関係性や、作家自身が翻訳者やイラストレーターらと築いてきた協働関係など、孤独の背後に息づく豊かな「つながり」に光を当てた。 台湾の淡江大・村上春樹研究センターが主催する研究発表会で、日本では過去に早稲田大などでも開かれている。14回目となる今回のテーマは「村上春樹文学における『パートナーシップ』」。基調講演には、河合さんのほかに、イタリア・ナポリ東洋大教授のジョルジョ・アミトラーノさんと、京都大教授の小島基洋さんが登壇した。「共有」がもたらす深い結び付き 河合さんは冒頭、「村上作品にとって『パートナーシップ』は意外な言葉かもしれない」と切り出した。 主人公たちの多くが妻に去られたり、職を失ったりしており、「通常の意味でのパートーナーシップ」からは脱落した存在とみなせるからだ。その上で、心理学の知見を交えて作中の人間関係を分析し、人と人とが深く結びつくためには「第三のもの」の存在や共有が重要だという視点を示した。 「ノルウェイの森」(1987年)に登場する直子とキズキなど、初期の村上作品においては、語り手の「僕」が特定のカップルに対する「第三者」の位置を占め、関係を良好にする「触媒」の役割を果たすことが多かった。カップルの一方が亡くなった後、「僕」は残された一人と関係を結ぶが、それは一時的なものにとどまる。そんな語り手を、河合さんは「聖なるカップルを目撃する第三者」と表現した。 語り手が「第三」の位置に置かれた初期作品に対し、短編集「一人称単数」(2020年)などの近作においては、…この記事は有料記事です。残り1455文字(全文2223文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>