初戦の相手は父にゆかり JR四国・仲村「ワクワクする」 都市対抗

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毎日新聞 2025/8/29 12:00(最終更新 8/29 12:00) 1182文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷JR四国・仲村光陽選手=高松市のJRグラウンドで2025年8月25日午前11時44分、矢倉健次撮影 「頑張って倒してみろ」 都市対抗野球大会組み合わせ抽選の日、JR四国(高松市)の新人、仲村光陽選手(22)の元に、対戦相手に決まった三菱自動車岡崎(岡崎市)で長年活躍した父からLINE(ライン)のメッセージが届いた。その言葉を胸に29日の初戦に臨む。 父耕三さん(50)は三菱自動車岡崎で強打の左の外野手として12シーズンプレーした。チームが都市対抗で最高成績となる準優勝だった2001年には首位打者賞に輝いた。15年までコーチを務め、その後は社業に専念している。Advertisement都市対抗野球で活躍した仲村耕三さん=小座野容斉撮影父のチームメートが今も 中学まで愛知県大府市で過ごした仲村選手は、4歳ごろから野球のボールに親しみ、東京ドームなどで父とチームを応援した。父のつながりでキャッチボールや食事もした三菱自動車岡崎の選手が今も在籍している。 耕三さんは尽誠学園(香川)時代、夏の甲子園で準決勝まで進出した。仲村選手も同校に進学し、父と同様の中軸打者に成長。「高校時代の自分より数段上」と耕三さんも評価していた。コロナ禍で消えた甲子園出場センバツ交流試合で適時二塁打を放つ仲村光陽選手=阪神甲子園球場で2020年8月17日、藤井達也撮影 だが仲村選手にとって初の甲子園となるはずだった20年のセンバツは、出場が決まった後にコロナ禍で中止に。夏の全国大会も開催されず、関係者だけを甲子園球場に入れてセンバツ交流試合が実施された。仲村選手は、同点適時二塁打を放つなど活躍し、智弁和歌山に8―1で快勝したが、観戦した耕三さんは「試合開催に努力した関係者に感謝したい。でも今一つピンとこない感もあった」と率直な思いを語る。 「野球ができること、応援してもらえることは決して当たり前ではない」。コロナ禍などを経験し、仲村選手が高校時代に深く胸に刻んだ思いだ。 国学院大では4年生で主力に。しかし、3年生までの実績があまりなかったこともあり、野球を続けるための所属先探しで苦戦した。四国アイランドリーグplusでのプレーも考えていた昨秋、右打ちの内野手を探していたJR四国への入社が決定。高校時代を過ごした香川に戻り、父と同様の勝負強さで、次第に出場機会を増やしている。多くの観衆が見守る全国規模の大会は初めての経験となる。「楽しみしかないし、ワクワクしている」父はどちらの席で応援?都市対抗出場を決めマウンドに集まる選手の歓喜の輪に加わる仲村光陽選手(左から3人目の背番号「28」)=高知市の県立春野球場で2025年7月5日午後3時42分、矢倉健次撮影 耕三さんも会社の不祥事による部の活動自粛、三菱自動車の他地域の野球部への本社支援打ち切りなどを経験し、野球を続けられるのが当たり前でないことを身をもって知る。 それだけに「チームメートとの絆、企業人の誇りを感じながらしっかりプレーしてほしい」と、自らの現役時代と同じ背番号「28」を付けて社会人選手として歩み始めた仲村選手に期待する。 その一方で「組み合わせが決まった時は不思議な縁を感じた。社員、野球部OBとしてJR四国の応援席に行くことはできないので、バックネット裏で見るのがいいですかね」とうれしい悩みも抱えている。【矢倉健次】【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>