毎日映コン・脚本賞 奥寺佐渡子 「喜久雄の人生を描き切る」

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奥寺佐渡子=本人提供 脚本は映画の設計図。監督はじめスタッフも俳優も、ここを起点に物語を作り上げる。吉田修一の大長編小説「国宝」を大胆かつダイナミックに脚色して、第80回毎日映画コンクール脚本賞を受賞した奥寺佐渡子は、「新しい挑戦が多かった」と振り返った。「本当にできるのか」 李相日監督とは20年ほど前から面識はあったというが、組むのは初めて。 「映画館で見たくなる映画を作る監督」と常々感じていた。「国宝」でもはじめから、ドラマシリーズでもなく前後編に分けるのでもなく「3時間1本の映画に」と。原作の小説は読んでいたが、依頼を受けて「本当にできるのか」と確信はなかったそうだ。Advertisement ともかく喜久雄を中心と決め、脚本化すると「初稿は映画にしたら4~5時間」。李監督らと話し合いながら登場人物を整理し、原作のニュアンスを生かして思い切った時間省略も用いた。完成までに8稿を重ねたという。「国宝」©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会「ゴッドファーザー」も参照して 多くの登場人物やエピソードを削らざるをえなかった。「『もったいない』という気持ちはありましたが、喜久雄をしっかり描き切ることが最優先。映画は、観客が主人公と一緒に旅をするような感覚があって、そこは大切にしなければいけないと」 どう凝縮するかに骨を折った。「1シーンにどれだけ情報と感情を詰め込めるかが、大きなテーマ。2シーンを一つにできるのでは?と検討することも多かった」 「ゴッドファーザー」など長尺の映画も見直して、語り方を参照したという。「昔の映画でも大胆に時間経過を描いていて、それでもお客さんに伝わるんだと改めて気づかされました」「国宝」Ⓒ吉田修一/朝日新聞出版 Ⓒ2025映画「国宝」製作委員会イメージ明確な李相日監督 吉沢亮、横浜流星の配役は早い段階から決まり、途中からは当て書き。踊りや、衣装を着けた舞台の稽古(けいこ)も見学したという。 「2人の姿や声をイメージしながらセリフを書けたのは、とても大きなメリットでした」。俳優の役作りと並行して脚本を進めるのも、初めての体験だった。 原作を読み込んだ目にも、配役は「ぴったり」。特に吉沢は「他にできる人がいないのではというくらい」イメージと合っていた。 「どんな役でも自然に入り込む人。『キングダム』の王様のような役でも違和感がない。歌舞伎役者をどう演じるか、予想がつきませんでした」 劇中で演じられる歌舞伎の演目も、「監督と、人間ドラマと舞台上のドラマがしっかりかみ合うように」とさまざまに検討を重ねたという。初稿では原作に沿って演目を入れていたが、俳優の稽古の進み具合や意見も聞いて、絞り込んだ。全然違った“粘り”の双璧 脚本家として30年以上、多くの監督と仕事をしてきた。李監督を「どんな映画を作りたいか、非常に明確」と評する。 「映像を思い浮かべながら脚本を作る監督は多くても、李さんは早い段階から、役者のどんな部分を捉えたいかまでイメージを持って組み立てていく」 とことん粘ることで有名だが、デビュー作の「お引越し」(1993年)で組んだ相米慎二監督も、妥協しないことで知られていた。 「2人は全然違います。粘りは多分同じぐらいだと思うんですけど、相米さんは全く意見を言わない」。ただダメを出すだけ。「李さんは、ここをこうしたいと言ってくれます」「国宝」©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会アフレコ用のセリフも 「素晴らしい原作をどう映画にできるかという点では、ギリギリ頑張れたという感触はありました。ただ、お客さんに伝わるかどうかは確信がありませんでした。長尺でもあり、不安は大きかった」 脚本が完成すれば後は撮影現場の仕事だが、「国宝」では撮影終了後にもアフレコ用のセリフを加えた。編集でカットした部分を補うためだ。 「通常は、こうしたことは難しい。でも今回は、物語が複雑で説明不足になるのはもったいない、お客さんにできるだけ伝わるように、補える部分はセリフで補おう、という判断だったのでしょう」 一点一画をゆるがせにしない、李監督らしいこだわりだ。「これまでになく長期間、携わりました」 完成した映画を見た感想は「自分が書いたものがこんなに豊かな作品になるんだ」。大丈夫かな、と心配していた部分も「これなら伝わる」と安心した。 「映像に助けられた部分は大きい。俳優、カメラ、照明、衣装、すべてが素晴らしかった。みんなと一緒に最後まで仕事を終えられたという達成感がありました」あそこまで客席映すとは「国宝」で脚本賞を受賞し、笑顔の奥寺佐渡子=東京都目黒区で2026年2月10日、小林努撮影 歌舞伎の舞台の上から客席を捉え、俳優の息遣いや心境まで伝える場面が、映画の要の一つ。脚本のト書きにも、舞台からの視点は書いていた。 「バックステージものでは“舞台裏から客席を撮る”ようなカメラワークがよくある。主人公が舞台の人物なので、カメラが舞台に上がること自体は想定していました」 しかし「あそこまで客席を映すとは」。花道の下から俳優を見上げる視線、舞台のセリに乗った感覚。「想像よりはるかに豪華、豊か。すごいものを見た」 映画の脚本は「映画館に見に来てほしい」と願いながら書くという。「みんな忙しいし、足を運ぶのに時間もかかる。それでも映画館に行って見た方がいいよね、と思われるものを書きたい」 だからなおさら、観客がたくさん来てくれたことはうれしい。そして「今回みたいに、自分が思った何倍も面白い映画ができるのは、楽しいし、醍醐味(だいごみ)。本当に幸せな経験でした」。【勝田友巳】