相次ぐ独身偽装で法学者 狭すぎる性犯罪規定「見直し議論を」

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独身偽装の被害に遭った女性が発起人となったオンライン署名活動には、1万6000筆を超える署名が集まっている。独身偽装に対する刑事罰の制定などを求めている=change.orgのスクリーンショット 既婚男性が独身と偽って交際相手の女性と性交渉をもつ「独身偽装」の実態が、被害証言によって次々と明らかになっている。 既婚者と知っていればそもそも会うことも、性的な関係を持つことに「同意」もしなかった――。 独身偽装の被害に遭った女性たちの多くはこう訴えるが、現行法では不同意性交等罪に問うことができない。Advertisement 性暴力問題に詳しい大阪大大学院の島岡まな教授(刑法)は、男性目線の「差別の構図」が根底にあると指摘する。 ――性犯罪規定を見直す改正刑法が2023年7月に施行されましたが、独身と偽って性交渉をもった既婚男性を処罰することは難しいのでしょうか。 ◆現行法ではできません。この罪は、①「暴行・脅迫」や「アルコール・薬物の摂取」など八つの項目が原因となって、同意しない意思を形成、表明、または全うすることが困難な状態にさせる②わいせつな行為ではないと誤信させたり、人違いをさせたりする――ことなどによって、性行為をした場合に成立します。 大議論を経て、このように限定されました。ですから、23年改正では独身偽装に該当する行為は含まれていません。 ――かなり限定的ではないですか。 ◆際限なく刑罰に問えることにならないよう、犯罪の類型を極力限定しなければならないことは理解しています。しかし、現行法はあまりに狭すぎます。 ――被害に遭った女性たちを取材していると「既婚者と知っていたら会うことはなく、性交渉も持たなかった」との声を聞きます。相手がだましているという前提を考えれば、「同意」があるとは言えないと思うのですが。 ◆私もそう思います。「同意」という言葉の持つ意味を考えてみましょう。国際的に認められた概念として、四つ要件があります。「独身偽装」の被害に遭った経験を振り返る女性=神奈川県内で2025年2月13日、千脇康平撮影 一つ目は意思決定過程において強制や支配、威圧がなく完全に「自由」であること。 二つ目は「能力」です。性行為の意味や、その後の結果がどうなるかを理解する力を指します。 三つ目が、正しい「情報」を与えられていること。 四つ目が「継続性・関係性」です。 交際関係や婚姻関係にあるからといって、包括的同意をしたことにはなりません。(性行為を行うにも)意思確認はその都度必要ですし、いったん同意しても途中で撤回が可能でなければ、真の同意とは言えません。これらは国際的にも認められている概念です。 ――既婚か独身かという情報は、正しく伝えられなければなりませんね。 ◆医療に限らず、インフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)はさまざまな場面で重視されます。だまされていたら契約でも何でも、同意は無効のはずです。ですから、論理的には不同意性交等罪になると私は考えています。 「結婚する」と偽ってお金をだまし取れば詐欺罪に、宅配業者と偽って家に入れば、家人が同意したとしても住居侵入罪に該当します。大阪大の島岡まな教授=本人提供 それなのに、性犯罪だけがものすごく限定的なのは、男性側の視点がいまだに強い、差別の構図だと思います。 ――だまされていたとしても、性行為自体には同意しているのだから、「同意」なのだという考え方もあります。 ◆「偽装心中」を例にしてみましょう。心中する気がないのに男性がそう信じ込ませて女性に毒物を渡し、女性を死なせた事件で、自殺関与罪の成立を認めず殺人罪に該当すると判断した最高裁判例があります。 女性は、男性が一緒に死んでくれると言うから同意したのであって、そうでなければ毒は飲まなかった。だから同意は無効だ、という考え方です。 これに対し、(意思を決定した「理由」が事実と異なっていた)「動機の錯誤」に過ぎないのだから自殺関与罪だという反対説もありますね。 ――現状、独身偽装を性犯罪と認めていないこと自体に、ジェンダーバイアス(性別に基づく偏見)があると思いますか? ◆そう思っています。私がかつて住んでいたヨーロッパでさえ、日本より進んでいると感じることはあっても、やはり完全なジェンダー平等ではないと感じました。 米中露のような大国をはじめ、欧州諸国でもトップは今も多くが男性です。男性が支配側、女性が被支配側のような「無意識の思い込み」を生む前提には、そうした「事実」が厳然と存在している。そんな中では、男性に有利な法解釈になりがちではないでしょうか。「独身偽装被害者の会」は、SNSを中心に問題提起などをしている=Xのスクリーンショット ――「既婚者が独身と偽った場合」と限定すれば、法改正は不可能な話ではないのでは? ◆そう思います。ただ、さまざまな議論を尽くす必要があり、すぐには難しいでしょう。ハードルは高いけれど、議論はどんどんしていくべきです。 女性の性的自己決定権や尊厳、人権は財産よりも尊いはずの保護法益です。それを侵害しても(独身偽装の)行為者には何のとがめもないままでは、被害は繰り返されてしまいます。【聞き手・千脇康平】 1961年東京都生まれ。慶応大法学部卒。亜細亜大助教授、大阪大副学長などを経て現職。