毎日新聞 2026/3/26 07:15(最終更新 3/26 07:15) 1106文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷14歳ごろの子規の妹・律の写真。見合い写真とみられる=松山市で2026年3月16日午後2時58分、狩野樹理撮影写真一覧 松山市が同市出身の俳人・正岡子規(1867~1902年)に関する新たな資料を購入した。子規と門人たちとの文学活動や、親族などゆかりの人々との関係性を知ることができる貴重な資料で、同市立子規記念博物館で永続的に保管し、展示や研究に活用する。「全集」未収録の資料や外交官の叔父関連も 資料は1247点あり、東京都と奈良県在住のいずれも個人から、同市が3月上旬に計約4300万円で購入した。子規の俳句や書簡などを網羅した「子規全集」に未収録のものや、妹・律、外交官だった叔父・加藤拓川(たくせん)に関する資料が含まれている。Advertisement うち20点が16日、同博物館で報道関係者に公開された。 全集未収録の資料は、子規と門人が俳句を記し、子規と交流のあった画家の中村不折(ふせつ)、下村為山(いざん)と推察される人物が戯れに描いた絵を添えた「革命」、子規が描いた絵が見られる「画賛」など6点。不折が旅行した奈良や京都を描いた絵に対し、子規が順位付けし、批評と俳句を付けた直筆の「秋のはじめ賛評」も目を引く。 子規の親族関係では、写真や子規との交流を示す品が並んだ。 律の見合い写真と思われる14歳ごろの写真や、子規が亡くなる半年ほど前の1902年3月、律が子規の門人だった河東(かわひがし)碧梧桐(へきごとう)と一緒に出かけた際に持参したバスケットなど、当時の生活ぶりが分かる資料が収められた。 加藤拓川は、子規の母・八重の弟に当たる。フランス、ベルギーなどで外交官として活躍した子規の憧れの人物で、貴族院議員、松山市長を歴任した。加藤拓川から贈られ、子規が愛用した一輪挿し=松山市で2026年3月16日午後2時58分、狩野樹理撮影写真一覧 拓川がフランス滞在中に撮ったセルフポートレートからは気鋭の外交官としての表情がうかがえる。フランス土産として子規に贈った一輪挿しは、病床にあった子規が愛用した。子規は「フランスの一輪ざしや冬の薔薇(ばら)」という俳句を詠んでいる。拓川と司法省法学校時代の親友で、日清・日露戦争で騎兵を率いた松山出身の陸軍軍人・秋山好古(よしふる)が拓川に宛てた書簡も残されている。博物館「調査研究に意義のある資料」 同博物館の平岡瑛二学芸員は、購入した資料について「子規庵(子規の東京の自宅)に俳人や画家が集ってさまざまな挑戦をしていたことや、親族との強いつながりから、子規の病気、文学活動を全力で支えていたことが分かる」と説明。「これから調査研究していく上で意義のある資料だ」と話した。 新資料のうち、「子規全集」未収録の6点と「秋のはじめ賛評」は、「子規博の新収蔵資料」の前期展(4月1日~10月5日)で展示される。律や拓川などの資料が見られる後期展は10月7日~2027年3月15日。【狩野樹理】あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>