資生堂の「聴覚障がい者向けオンライン美容相談サービス」で、パソコンの画面越しに手話で対応する美容部員=東京都港区で(同社提供) 耳が聞こえない人が買い物や外食をするとき、筆談は時間がかかるからと、ついつい遠慮して聞きたいことも聞かずに済ませてしまったり、店員とのコミュニケーションにズレが生じて、欲しかった商品とは違う物が出てきたりすることが少なくない。そんなバリアーをなくそうと、さまざまなサービスを試みる企業が出てきた。聴覚障害を持つ記者が、体験的に取材してみた。手話やチャットで似合うメークを 「いつも腫れぼったい印象になるので、目元を華やかに見せたいのですが……」 記者がパソコンの画面越しに手話で美容の悩みを伝えると、美容部員からも手話で「立体的にすることがポイントです。明るいカラーと暗いカラーで明暗をつけるとよいですよ」とアドバイスが返ってきた。Advertisement これは、資生堂の「聴覚障がい者向けオンライン美容相談サービス」だ。 どんな化粧品が自分に合うのか相談したいけれど、デパートなどのざわついた場所では、店員の言葉を理解しづらく、耳が聞こえない人にはハードルが高いのではないか? そんな難聴の社員の声をきっかけに、2024年から始まった。 アイシャドーの塗り方などの実践は、瞳のイラストが大きく描かれたカードを示して書き込みながらコツを教えてくれる。 チャットも使い、さまざまな視覚的な手段を組み合わせて説明してくれるため、理解しやすく、満足のいくカウンセリングを受けられた。資生堂の「聴覚障がい者向けオンライン美容相談サービス」では、イラストカードを使って、視覚的にわかりやすく伝わるように工夫している=東京都港区で(同社提供) 対応してくれた美容部員のアンナさん(26)は、手話を第1言語とする「ろう者」だ。自身も聞こえないがゆえに悩みを抱えていた。 「筆談だと時間がかかってお店の人が大変だし、聞きたいことがたくさんあっても質問の数を絞ってしまいがちで、相談自体を諦めてしまうことが多かったですね」と打ち明ける。 だからこそ、このサービスを通じて「耳が聞こえない人にも、美容を気軽に楽しんでほしい」という思いが強いのだという。 同僚の美容部員、tamakiさん(26)も、ろう者だ。 「美容を楽しみたいという気持ちは、聞こえる・聞こえないに関係ありません。これまで美容相談についてハードルが高いと感じていた人たちに、美容を楽しむ時間を提供したい」 将来的に、さまざまなハンディキャップのある人たちの選択肢を広げていきたいと考えている。地域による手話表現の違いにも配慮 手話には、方言のように地域によって表現が異なる言葉もある。 北海道出身のアンナさんによると、手話の「ピンク」や「緑」は道内外で表現が異なるという。 カウンセリングには、さまざまな地域から相談に訪れるため、できるだけ広く使われている表現に寄せるように心がけている。メークでは色の情報はとりわけ重要だ。専門知識を持つクルーが手話で接客 スマートフォンを販売するソフトバンクは、東京・渋谷と名古屋の店に、手話ができるクルーが常駐する「手話カウンター」を設置している。手話を使って接客するクルーの吉岡玲央さん(中央)。壁には視覚的にわかりやすいように、掲示物が多く張られている=東京都渋谷区の「ソフトバンク渋谷」手話カウンターで2025年12月22日、大垣京佳撮影 渋谷の手話カウンターには、手作りのポップや張り紙など、視覚的にわかりやすい工夫がされており、手話で案内する動画が流れる大型ビジョンも設置されている。 スマホの機種変更のため訪れた、いずれも聴覚障害がある山口晃さん(77)、峰子さん(68)夫妻は、東京都多摩市から電車で1時間余りかけてやって来た。 クルーの吉岡玲央さん(28)は2人に新しい機種を用意し、手話で丁寧に機能について説明していった。 「ここには手話ができるクルーがいるので、安心して相談できる」と峰子さん。自宅のある多摩市の店では、店員とのコミュニケーションに難しさを感じていた。 手話通訳を介して説明してもらったが、クルーの言葉がそのまま手話に置き換えられるだけで、分かりにくかったり情報の物足りなさを感じたりしていたという。 一般社団法人日本手話通訳士協会によると、通訳者は話者が話す内容を忠実に訳さなければならない。そのため、通訳者の判断で説明を要約したり補足を加えたりすることはできないのだ。 しかし、手話カウンターのクルーは、相手の理解度に合わせた表現にかみ砕くなど、わかりやすく説明することができる。 例えば、「使用済みの補助ツールは廃棄を依頼しますか?」は「こちらでごみとして処分してもよいですか?」と言い換える。 峰子さんは「ここでは疑問に思ったことも、手話ですぐ聞けます。何回も来ていて、スマホ教室にも参加しています」と笑顔を見せた。 こんな配慮もしている。 新しいスマホは「ミュート設定」にして渡す。 電車内などで突然、呼び出し音が鳴っても、耳が聞こえない利用者は自分のスマホから音が出ていることに気づけないためだ。ほかにも、文字サイズを大きくするなどの気配りもしている。他の店舗では契約の注意事項について文字による説明画面が流されているが、「ソフトバンク渋谷」の手話カウンターでは、手話で伝える動画が用意されている=東京都渋谷区で2026年2月12日、大垣京佳撮影指さしメニューで簡単に注文 飲食業界では「スターバックス」が20年に、聴覚障害を持つスタッフらが手話や筆談で接客する「nonowa国立店」(東京都国立市)をオープンさせた。 店内には、ドリンクのサイズやホット・アイスなどを簡単に伝えられる「指さしメニュー」が設置されている。 記者は、ここで初めて「スタバのサンドイッチが温められる」ことを知った。 それまでもサンドイッチを買ったことはあったが、レジで店員が質問する内容を聞き取れず、「温め不要」と誤解されたようで、そのまま受け取っていたようだ。 耳が聞こえていれば、問題なく受けられたサービスを逃していたことに気づき、驚きを感じた。ろう者の活躍の場に広がり こうした一連のサービスは、利用客として聞こえない人の利便性が向上するだけでなく、ろう者が働いて活躍できる場も広げている。 ソフトバンク渋谷の手話カウンタークルー、佐山信二さん(39)は、自身の第1言語である手話を使って働けることについて「生きやすい環境です。ろう者として『手話とともに働く』という自分のあり方を守り続けることができます」と実感を込める。 資生堂のtamakiさんも「口話や筆談など、無理に周りに合わせるより、自分に合ったコミュニケーションのスタイルで働けることが大事。ここでは自分の言葉である手話で働けるから、楽しいし、安心感もあります」。自分の言語で自分らしく働いている2人の表情は誇らしげだった。 聴覚障害のある人がサービスの内容をきちんと理解でき、安心して利用できるサービスが、社会全体に広がっていくことを願ってやまない。【大垣京佳】