「買う側」処罰に賛否 売春防止法の見直し、知っておきたい基礎知識

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性風俗店が立ち並ぶ歌舞伎町=2026年3月21日午後6時53分、東京都新宿区、藤原伸雄撮影 売春防止法を見直すため、法務省が検討会(座長=北川佳世子・早大院教授)で議論を始めた。今秋の臨時国会か来年の通常国会での法改正をめざす。同法をめぐっては、買う側への処罰を求める声と、規制強化への反対論がある。論点をまとめた。この記事でわかること①現行法と見直しのポイントは?②買う側の処罰を求める声は?③規制強化に反対する声は?④海外の法制度と課題は?①現行法と見直しのポイントは? 売春防止法は1956(昭和31)年に制定された。金銭などと引き換えに、不特定の相手と性交することを売春と定義。陰茎を膣(ちつ)に挿入する行為が対象だ。相手が未成年の場合は、児童買春・児童ポルノ禁止法や児童福祉法で摘発されるため、実質的に成人間の売買春を規制する。 売買春の禁止をうたう一方、売買春そのものを刑罰の対象としないのが特徴で、売春のあっせんや管理、場所の提供などの周辺行為を罰する。 売る側が公衆の面前で勧誘したり客待ちしたりする行為も「6カ月以下の拘禁刑か2万円以下の罰金」とするが、買う側への罰則はない。 法制定当時、法務省の担当者が書いた解説書は、①売春問題は刑罰のみで解決せず売春婦に対する保護更生が重要②このため売春婦に通常の刑罰を科すことは妥当でない③他方で業者には相当な刑罰を科すべきだ――との考え方があったと指摘。法務・検察関係者は「勧誘行為などに比較的軽い刑罰を設けることで、保護につなげる狙いがあった」と話す。 売る側を罰する同法には古くから批判があったが、ここ数年は特に高まりをみせていた。 2023年、悪質なホストクラブで若年の女性が多額の借金を負い、売春に追い込まれる例が問題になった。その中で、客待ちをする女性だけが摘発される現状を疑問視する声が上がった。25年11月には、タイ国籍の当時12歳の少女が東京都内の店で性的サービスをさせられる事件が発覚。国会では売春防止法のあり方に議論が及び、「性を売らざるを得ない女性だけが検挙されるゆがんだ構造がある」と法改正を求める声が相次いだ。 高市早苗首相が見直しの検討を指示し、法務省は3月24日から検討会で議論を始めた。同省によると、検察が受理した同法違反容疑事件は、22年が556件▽23年が665件▽24年が634件。このうち最も多いのは勧誘等罪の客待ちなどで、各年とも300件台に上り、多くは不起訴(起訴猶予)になっている。 法務省内には、売る側の勧誘等罪と同様に、買う側が公衆の面前で声をかける行為を罰する案がある。一方、買春そのものの処罰には慎重だ。 平口洋法相は国会で「国民の自由を不当に制限しないか十分な検討が必要」と答弁。大林啓吾・慶大教授(憲法学)は「憲法13条は個人の尊重を定めており、公権力は私的領域に安易に介入すべきでない。性行為は私的領域の中核にある。売春防止法の処罰範囲を広げる場合、必要性や合理性について慎重な議論が必要だ」と話す。売春防止法の見直しに向けて、法務省が設置した検討会の初会合=2026年3月24日午後2時、東京・霞が関、西田有里撮影②買う側の処罰を求める声は? 1970年代、日本の男性が女性を買う目的でアジアへ旅行していることが社会問題になった。このとき、女性たちが買う側を批判する中で「買春」という言葉を使い、「売春よりも買春が問題」と訴えたという。 若年女性を支援する一般社団法人「Colabo(コラボ)」代表の仁藤夢乃さんは、買う側への処罰を求めている一人だ。 高校時代、家や学校に居場所がなく、街をさまよう日々を過ごし、買春目的の男性らに声をかけられる経験をした。2011年にコラボを立ち上げ、「少女たちがメイドカフェなどを入り口に、性売買へ誘導される現実を見てきた」という。 仁藤さんは「売る側と買う側を同じように罰すれば『平等』になるわけではない。買う側を罰すると同時に売る側は非処罰とし、性売買の権力構造を逆転させる必要がある」と指摘。そのうえで「売る側がほかの選択肢を得られるよう、就学や就業などの支援を充実すべきだ」と話す。 求めるのは法体系全体の見直しだ。 売春防止法は対価を伴う性交を禁じるが、風俗営業法はその他の性的サービスを提供する風俗店の営業を届け出制で認めている。「路上買春を処罰しても、客は風俗店へ移るだけ。性売買全般を女性への人権侵害と捉え、業者が性売買営業によって利益を得られないようにすべきだ」と風営法もセットでの改正を訴える。 女性の権利擁護に長年携わってきた角田由紀子弁護士は、売防法が22年に改正されるまで、女性の「保護更生」をうたっていた点を問題視。「女性の責任に帰することで、女性の経済的困窮など社会の責任を覆い隠してきた」とみる。 同年には困難な問題を抱える女性支援法が制定され、売防法に基づく女性保護事業も再編された。「女性の人権尊重をうたった女性支援法のもと、国が十分な予算措置を行い、脱性売買支援の仕組みをつくるべきだ」③規制強化に反対する声は? 性風俗の現場で働く人たちの安全と健康を守る立場からは、買う側の処罰など規制強化に反対する声が上がる。 「『セックスワーカー』とは誰か」の著書がある青山薫・神戸大教授(社会学)は「犯罪化を進めれば、そこで働き続ける必要のある人が人目につかない場所に追いやられ、より危険で不衛生な環境に置かれる。他国の調査や歴史もそう示している」と指摘。結果として貧困層や移民、性的マイノリティーなど、より弱い立場にある人たちのリスクを高めるとして、売る側も買う側も罰しない非犯罪化を支持する。 そのうえで売る側について、「本人が自発的に行うセックスワークと捉えるべき場合と、強制された被害者と捉えるべき場合の両方がある。すべてが強制で、全員が被害者であるとみなせば実態を見誤る」と話す。 「私たちの生活や安全に直結する問題であるにもかかわらず、当事者である私たちの声が無視されている」と語るのは、性風俗業で働く村上薫さんだ。 これまでも声を上げるたびに、「性風俗業者や男性に操られている」「被害に遭った女性たちの存在を軽視している」といった批判を受けてきたという。 規制が強化されれば、性風俗業界全体が「犯罪」のイメージと結びつけて捉えられ、そこで働く人への偏見や差別がいっそう強まる恐れがあると危惧している。 業界内では、意に反する形で働かされたり、仕事中に性暴力の被害を受けたりする人が存在するのも事実だ。「だからこそ労働環境の改善を進めていかなければならず、そのためには性風俗業で働くことも労働だという前提に立つ必要がある」と訴える。 国内のセックスワーカーやサポーターらでつくる団体「SWASH」も、セックスワーカーの安全や健康に悪影響を及ぼすとして、買う側の処罰など規制強化に反対。多様な背景を持つ当事者の声を聞いて議論を進めるよう求めている。売春防止法見直しをめぐる主な論点④海外の法制度と課題は? 売買春の規制をめぐる海外の法制度は、売る側と買う側の双方を処罰▽買う側だけを処罰▽売買春を罪に問わない非犯罪化▽合法化して行政が管理――の四つに大別されるが、いずれも課題が指摘されている。 日本でよく参照されるのが、買う側だけを罰する法制度だ。スウェーデンが1999年、買春を女性への暴力、男女不平等の表れと位置づけて導入。フランスも2016年、買う側の犯罪化と売る側への処罰廃止、売春からの離脱支援を柱とする法律を施行した。 仏司法省などの19年の評価報告書は、路上での売買春の減少や買春への刑事対応を成果に挙げ、買春の起訴件数は16年が257件▽17年が1005件▽18年が745件だったと記す。ただ、客との接触がインターネット経由に移り、屋内型は増えたとも分析。さらに以前の信頼できる統計が乏しいとして、評価を留保している。 また、離脱支援制度の利用者は、19年6月末時点で約230人にとどまっている。 売る側の評価はどうか。仏の国際医療支援団体メドゥサン・デュ・モンドなどが18年に公表した調査では、調査に参加した583人のうち、法施行後に生活条件が悪化した人が62.9%、収入が減った人が78.2%、暴力を受けることが増えた人が42.3%。売買春が見えにくい場所に移り、当事者がより危険な状況に置かれたとの指摘がある。 売る側も買う側も罰する全面犯罪化は、米国(一部州を除く)など多くの国が採用する。これに対し国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の作業部会は、犯罪化は差別や暴力を強め、司法へのアクセスを阻むとしている。摘発を恐れて警察や医療から遠ざかり、搾取や被害がいっそう表面化しにくくなるためだ。 犯罪化による課題を乗り越え、性産業で働く人の安全と健康を守ろうと、ニュージーランドは03年に非犯罪化に踏み切っている。 司法省が紹介する08年の報告によると、業界の大幅な拡大は確認されず、改正前から働く人の64.8%が客を断りやすくなったと答えた。一方、35.3%はなお望まない客を受けざるを得なかったと回答。非犯罪化だけで問題が解決するわけではない。 国際的な評価も一様ではない。OHCHRの作業部会は非犯罪化を支持するが、国連の関係機関の中では性的搾取をなくす観点から買う側への規制を求める議論もある。日本と諸外国の売買春規制の概要