30代で歩行困難も 身体の衰え顕著な胎児性水俣病 補償は不十分

Wait 5 sec.

社会最新記事毎日新聞 2026/4/30 05:30(最終更新 4/30 05:30) 有料記事 2046文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷電動車いすで市街地を移動する松永幸一郎さん=熊本県水俣市で2026年4月21日、中村敦茂撮影 未曽有の健康被害を引き起こして「公害の原点」と言われる水俣病の公式確認から、5月1日で70年となる。この間、最も若い世代の患者である胎児性水俣病患者も年を重ね、身体機能の衰えに直面するようになった。「いつまで、地域で自立した生活ができるだろうか」。不安を募らせる患者たちは、熊本県水俣市で30日に始まる環境相と被害者団体との懇談で、補償や福祉の充実を求める。 「スーパーも近いし便利なところですよ」。水俣市中心部にあるハイツの一室で、胎児性患者の松永幸一郎さん(62)は暮らす。作業所での仕事や買い物には電動車いすで出かけ、休日は2DKの自室で仲間と趣味の将棋を楽しむ。食事や掃除で週3回のヘルパー派遣を受けつつ、ささやかな1人暮らしを続けている。 1963年、水俣の漁港の近くで生まれた。7歳まで歩けなかった。療育施設で育ち、高校まで養護学校(現在の特別支援学校)に通った。原因企業チッソは59年に行った内部の実験でメチル水銀を含む工場の廃液が水俣病発症に起因していることを把握しながら、68年まで水俣の海への排水をやめなかった。国も県も止めなかった。「少しでも早くやめていれば自分の被害はなかった。違う人生を歩んでいたかもしれない」と思う。 松永さんの今の気がかりは、自身の体のことだ。40代までは作業所への通勤などにマウンテンバイクを愛用していたが、股関節の痛みで乗ることができなくなった。「小さい頃から体を揺らして歩いていたから、負担がかかったんでしょうね」。風を切る自転車が好きだった。 しばらくつえを使い歩いた。痛みはひどくなり、…この記事は有料記事です。残り1374文字(全文2046文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>