裁判Plus 司法のリアルストーリー 岩崎歩毎日新聞 2026/4/30 05:00(最終更新 4/30 05:00) 有料記事 2672文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷コンクリート詰めにした子どもの遺体を遺棄した飯森憲幸被告の自宅(当時)=大阪市平野区で2025年3月1日午後2時41分、北村隆夫撮影 冷たくなった女児の遺体に触れ、犯した罪の重さを思った。しかし、自首する覚悟はなく、遺体を埋めることもできず、コンクリート詰めにして手元に置いた。 女児を死に至らしめた事実をひた隠しにして生きてきたが、18年余の歳月を経て、すべてが白日の下にさらされた。経済苦で実家へ 被告と接点 3月、大阪地裁。めいに当たる岩本玲奈さん(当時6歳)に暴行を加えて死亡させ、遺体を遺棄した罪に問われた飯森憲幸被告(42)に対する判決公判が開かれた。 「懲役8年に処する」 黒のスーツ姿で身じろぎせず主文に聴き入っていた飯森被告。身長はおよそ180センチあり、肩幅は広く、堂々とした体格を誇っていた。ただ、表情は硬く緊張した面持ちで、判決の朗読が終わると、裁判長に向かって一礼し、法廷を立ち去った。 大阪府八尾市にあった飯森被告の実家に、玲奈さんがやってきたのは2002年。1歳か、あるいは2歳になったばかりの頃だった。 玲奈さんは飯森被告の姉の子。母子家庭の玲奈さん一家は経済苦で、母子で実家に転がり込んできた。 飯森被告は実家には住んでいなかったものの、頻繁に顔を出していた。初対面の玲奈さんは、母親の後ろに隠れて恥ずかしがった。「かわいいな」。それが玲奈さんに対する第一印象だった。誕生日はケーキでお祝い それから2年ほどして、玲奈さんを取り巻く環境は激変する。 借金を抱えていた玲奈さんの母親が返済のために住み込みで働くことになり、玲奈さんを残して実家を出た。 不幸にも玲奈さんは祖父との折り合いが悪かった。祖父は育児を放棄し、見かねた飯森被告は毎日のように実家を訪れ、食事を用意した。 玲奈さんは父親がおらず、保育園にも通っていなかった。飯森被告はたった一人の遊び相手であり、すがることができそうな大人だった。 初めは飯森被告を「お兄ちゃん」と慕い、母親が実家を離れてからは「パパ」と甘えるようになった。…この記事は有料記事です。残り1874文字(全文2672文字)【前の記事】「ストッケ」訴訟は製品開発現場の指針になる 最高裁判決を解説関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>