便所や庭にまで患者 被爆した日から負傷者治療 旧病院が資料館へ

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深掘り2026年4月30日 11時30分有料記事武田肇【動画】被爆建物の旧広島逓信病院が平和資料館に=林敏行撮影 広島への原爆投下の直後から負傷者を治療した旧広島逓信病院(広島市中区)の外来棟が5月1日、広島平和記念資料館の付属展示施設として開館する。 爆心地近くで被爆した病院の建物が現存するケースは少なく、院長(当時)が記した治療の手記でも世界的に知られる。実際に治療を受けた被爆者らも開館を歓迎する。ガラス片が刺さった医師らが治療に奮闘 同病院は、原爆が投下された爆心地から約1・4キロの地点にある。被爆により、鉄筋コンクリート2階建ての外来棟は爆風や火災で被害を受けたが、職員の消火活動などで1階と地階は火災から免れた。 被爆直後から重い外傷ややけどを負った人々が詰めかけ、廊下や階段、便所、庭にまで患者であふれた。日没後も、ろうそくや焼け残った自動車のバッテリーを使って明かりを確保して治療が続けられた。被爆から3カ月後の広島逓信病院=1945年11月ごろ、広島市、川本俊雄氏撮影、川本祥雄氏提供 蜂谷道彦院長(当時、1903~80)も、全身に無数のガラス片が刺さりながら治療にあたった。 蜂谷氏が被爆から56日間の院内の状況などを記し、1955年に出版された「ヒロシマ日記」には〈口がくさり、熱が出て白血球が激減〉〈髪が束になって抜ける患者が現れた〉〈皮下溢血(いっけつ)斑が出てどんどん死んでいく〉など、放射線が原因の「原爆症」の初期症状が克明に記されており、十数カ国語に翻訳されてきた。 今回整備されたのは、外来棟1階部分の約130平方メートル。負傷者が横たわったタイルが残る元手術室を再現し、被爆直後の院内写真を展示する。故人となった医師や職員の証言映像も上映し、医療従事者の奮闘を伝える。原爆で被害を受けた旧広島逓信病院で、治療に奮闘する職員の記録を映像化したシアター=2026年4月22日、広島市中区、林敏行撮影 開館時間は午前9時~午後5時、入館料は無料。月曜(祝日を除く)と祝日の翌平日、年末年始は休館。被爆前、医師たちは鍋を囲んだ 今回開館する施設では、被爆前の病院を写した初公開の写真も展示される。そのうちの一枚が、原爆投下の数年前、院内での食事会を捉えた写真だ。白衣姿の医師や職員が、穏やかな表情で鍋を楽しんでいる。被爆前に広島逓信病院内で開かれた食事会。薬剤師だった檜井暁夫さん(左)の姿もある=1940年ごろ、檜井孝夫さん提供 提供したのは、写真に写る薬剤師の男性の孫で、広島大学病院教授の檜井孝夫さん(62)。祖父の被爆時の状況についてはほとんど知らずに育ったが、1通のメールが今回の提供につながったという。薬剤師の孫に届いたメール メールは2014年、米国の…この記事を書いた人武田肇広島総局員専門・関心分野原爆・平和、朝鮮半島、鉄道関連トピック・ジャンルこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ4月30日 (木)「出光丸」初のホルムズ通過4月のクマ目撃、秋田で急増チャイルドシートどうする?4月29日 (水)日銀が利上げ見送りりくりゅうが引退会見「まんじゅうや」は無効票4月28日 (火)NPT再検討会議 はじまる後発地震注意情報は終了バスや水道に中東情勢の影4月27日 (月)トランプ氏出席の会で銃声史上最悪の原発事故 40年に日本の四季 進む「二季化」トップニューストップページへ被害の女性検事が辞表提出へ 元検事正からの性的暴行訴え7:00長期金利が2.520%に上昇、29年ぶりの高水準に 円安再燃受け11:33高校生を金づちで暴行後、逃走中の44歳男を公開手配 東京・福生11:40岩手の民家延焼はなぜ防げたのか 町長「奇跡だ」 過去の教訓生きる8:00仕事も恋愛も失敗し、うつ病に 孤独な53歳を襲った「ためこみ症」7:00「本当に高校ですか?」 ネットコンテンツ力で新教育 N高の10年9:00