24色のペン毎日新聞 2025/8/31 06:00(最終更新 8/31 06:00) 有料記事 1637文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷80年前に被爆を体験した上野照子さん(右)と、体験を語り継ぐ「家族伝承者」になる準備を進めている孫の渡部久仁子さん=広島市で2025年7月21日午後2時28分、銭場裕司撮影 終戦80年を迎え、社会にある戦時下の記憶が薄れていく。当事者が語り、その記憶を誰かが受け継いでいくことは決して簡単ではない。それでも、思いをつなごうとする人たちがいる。継承に取り組む広島市の家族を訪ねた。詳しい話を聞けぬまま 笑顔で迎えてくれたのは95歳の上野照子さん。「この人が伝承者になってくれるから私は安心してるんです」。そう言って、そばにいる孫の渡部久仁子さん(44)に温かい目を向けた。 渡部さんは市の養成事業である「家族伝承者」に手を挙げた。祖母の上野さんから体験を聞き取り、実習などをへて、一般向けに講話する役割を担うことになる。 渡部さんは漫画家の中沢啓治さんが被爆体験を語ったドキュメンタリー映画「はだしのゲンが見たヒロシマ」(2011年公開)の製作プロデューサーを務め、NPO法人「ANT-Hiroshima」(広島市)で平和に関わる活動に携わってきた。 だが、祖母からは直接、被爆当時の詳しい話を聞けないままでいた。伝承を決断させた出来事 上野さんは80年前、広島赤十字病院の看護婦養成所の2年生として救護に当たり、被爆の惨状と向き合った。その存在を知った人から頼まれ、当時の体験を語ったことはある。だが、「思い出すのも嫌」な記憶を話した後、悪夢を見てうなされた日も。家族の間では、当時の話にあまり触れてはいけない雰囲気があったという。 一方、渡部さんはNPOなどの活動を通して被爆者と関わる中で、知れば知るほどいかに自分が分かっていないかを感じることが多かった。そんな自分が、祖母の記憶を受け継ぐことにためらいもあったという。 だが、伝承者になることを決断させるきっかけがあった。まだ幼いおいが…この記事は有料記事です。残り927文字(全文1637文字)【前の記事】今年度で30歳、中大・石川祐希世代の「今」=小林悠太関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>