「故郷に恩返しを」原発事故で避難、元少年野球仲間が対戦 都市対抗

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毎日新聞 2025/8/31 07:30(最終更新 8/31 07:30) 1218文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷東京ガスの楠研次郎選手=神宮球場で2024年5月27日、前田梨里子撮影写真一覧 東京電力福島第1原発事故で散り散りになった元チームメートと東京ドームで再び――。 第96回都市対抗野球大会1回戦でぶつかる東京都・東京ガスの楠研次郎選手(28)と太田市・SUBARUの手塚周選手(29)は小中学生のときに福島県の野球チームで一緒にプレーしてきた。 初戦を心待ちにする2人には故郷に届けたい思いがある。双葉リトルで出会いSUBARUの手塚周投手=群馬・太田市運動公園野球場で2025年7月3日、平川義之撮影写真一覧 浪江町出身の手塚選手と楢葉町出身の楠選手の出会いは小学4年生のとき。手塚選手が所属していた双葉町の硬式野球チーム「双葉リトル」に楠選手が入ってきた。Advertisement ともに左打ちで背丈も同じ。自然と仲良くなった。 でも、手塚選手は体格は同じなのに楠選手の方が打撃がいいことが悔しかった。 「チームの中でこんなにうまい選手はいなかった。『負けたくない』という気持ちになって練習にも熱が入った」と振り返る。 中学時代は別々のチームだったが、そろって県東部の相双地域の選抜メンバーに選ばれ、中学2年生のときは県大会を勝ち抜いた。原発事故で離れ離れにSUBARUの壮行会で決意表明する手塚周主将と選手ら=群馬県太田市で2025年8月22日午後6時59分、湯浅聖一撮影写真一覧 東北大会を控え、練習に打ち込んでいた2011年3月、東日本大震災と原発事故が起きた。 家族とともに各地を転々としながら避難生活を続け、楠選手はいわき市に、手塚選手は福島市に避難した。 チームメートも各地にばらばらになった。楠選手は「相双選抜はすごく強くて『全国も狙える』とみんなで盛り上がっていた。当時は中学生で(原発事故の)状況がよく分かっていなかったけど、とにかく残念だった」と振り返る。 楠選手は強豪・東海大相模(相模原市)に進学し、寮生活をしながら甲子園を目指した。 富士大(岩手県花巻市)では左の強打者として1年生から活躍し、19年に東京ガスに入社した。 手塚選手も福島高から立教大を経て、SUBARUに入社、右の速球派で今年から主将を務める。「自慢の戦友」第92回都市対抗野球優勝の盾とペナントの前で勝利を誓う東京ガスの楠研次郎選手=東京都大田区で2025年8月22日午後2時20分、白川徹撮影写真一覧 この間も2人の交流は続いてきた。 互いに就職後は練習試合などで対戦しているが、都市対抗野球と日本選手権の2大大会での顔合わせは初めてとなる。 7月19日の組み合わせ抽選で、東京ガスとの対戦を自ら引き当てた直後、手塚選手は交流サイト(SNS)を通じて「やめてくれよー」とメッセージを送った。楠選手からは「こちらこそだよー」と返事が来た。 手塚選手は「野球を続けている地元の仲間がもう少ない中で、『自慢の戦友』という存在」と言い切る。 2人には、都市対抗での対戦を通じ被災地に「少しでも元気を届けられたら」という思いもある。 楠選手は今も3カ月に1度帰郷する。楢葉町に1人で住む祖母ヨシノさん(85)に会うためだ。 東京ガスが21年の都市対抗で初優勝した時は自身の活躍が町の広報紙に掲載された。地元に帰ると町民たちが「見てたよ」と喜んでくれた。 楠選手は言う。 「もう一度優勝して、楢葉町出身者が活躍していることを伝えたい。それが僕にできる町への一番の恩返しだと思います」【白川徹、早川健人】【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>